第28話 ダンジョン攻略前日
さてこの度、思い掛けず宿で同室となったルーキスとフィリスだったが、その夜に何かあったかというと、そんな事は一切無かった。
入室当初こそベッドが一つしか無く、フィリスが狼狽えたりはしたが、ルーキスの「ベッドがあるのに女の子を床で寝かせるのは忍びないんでな俺が床で寝るよ」という言葉でフィリスがベッドを使う事になった。
しかしだ。
フィリスからしてみればルーキスは意中の人、好いている人間を床に寝かせるのを申し訳なく思う気持ちは、女の子だからとフィリスを気遣うルーキス以上だ。
それ故に、フィリスはバックパックに縛り付けていた毛布を広げ床に寝ようとしていたルーキスに「わ、私は気にしないから、アナタもベッドで寝なさいよ」と顔を真っ赤にして提案した。
「俺は床だろうが地面だろうが快適に眠れる。気にするな」
「私が気になるの。仲間でしょ、それならアナタもベッドを使うべきだわ」
と、二人の意見は並行線の様相だったが、結局フィリスの頑固さに負けたルーキスが折れ、二人は同じベッドで背中を向け合って寝る事になった。
その翌朝の事だった。
ルーキスは頭への圧迫感と顔に感じる弾力、次いで来る息苦しさで目を覚ました。
布団に包まれているわけではないというのが分かったのは、体を起こそうとした時だった。
「寝ぼけての事か。全く警戒心のない娘さんだな」
背中を向け合って眠っていた二人だったが、睡眠状態に体の動きを制御する事など出来ないわけで。
二人はいつの間にやら向き合い、フィリスはルーキスの顔を抱きかかえるように眠っていたのだ。
「俺も人の事は言えんか。お嬢ちゃんだからと安心しきって眠ってたんだもんな」
野宿中はフィリスが警戒中の時ですら僅かな物音で目を覚ましていたのにも関わらず、ルーキスもなんだかんだでフィリスに心を許して眠っていたわけだ。
気持ち良さそうに眠るフィリスを起こすのは申し訳なく思い、それでもこの状況は色々まずいと思ってルーキスはフィリスの手の内から逃れようとする。
が、安心して寝ているとはいえ、自分の胸元で動きがあれば目を覚ますのは当然といえば当然なわけで。
ルーキスが抜け出すより先にフィリスは目を覚まし、寝惚けながらに自分がルーキスの首に手を回しているという状況は理解して、フィリスは顔を真っ赤にし、思考を停止する。
「や、優しくしてください」
「阿呆か、君が寝ぼけてこうなっただけだぞ。それにもう朝だ、今日はダンジョンの情報集めに行くぞ。その後は備品と装備の最終点検だ。良いな?」
「ご、ごめんなさい! 私、こんな」
ルーキスの苦笑とため息、聞かされた今日の予定から、フィリスは我に返るように目を覚ました。
「謝る事ではないだろ。迷惑を被ったわけじゃないんだしな」
慌ててルーキスの首から手を離し、ベッドから飛び降りるフィリスに、ルーキスは肩をすくめて笑う。
一方でフィリスは真っ赤になった顔を両手で覆い、若干泣きそうな様子だ。
そんなフィリスを見て、ルーキスはベッドから降りるとフィリスに近寄り、肩にポンと手を置いて「顔を洗いな、準備が整ったら出発だ」と静かに呟くと子供をなだめるように頭を撫でて手を離した。
その後、二人はそれぞれルーキスが水の魔法で空中に作り出した水球を使い顔を洗うと、ルーキスが先に着替えてハルバードは置いたまま、剣と石貨の入った袋を持って部屋を出た。
それからしばらくも待たない内にフィリスも準備を終えて部屋を出て来たので、二人は揃って受付に向かう。
受付には朝のコーヒーを楽しむ、昨晩ルーキス達の受付を対応をした男性が座っていた。
「おや。随分早いですね。昨晩はお楽しみになれましたか?」
「楽しめたのは昨晩じゃなくて今朝方だったけどね」
「ちょ、ちょっと!」
「はっはっは。冗談だよ。今晩もう一晩泊まりたいんですが、可能ですか?」
受付の男の冗談に冗談で返し、フィリスが顔を赤くしているのを尻目に、ルーキスは腰に下げていた袋から昨晩払った額と同じ額の石貨を取り出すと受付カウンターの上に置いた。
「若いのに払いが良い。腕の立つ冒険者なんだろうね君達は。分かった、あの部屋はそのまま使ってくれて構わないよ。こちらとしては願ったり叶ったりだからね」
「ありがとうございます。じゃあ俺たちはちょっと外出しますんで」
「いってらっしゃいませ。若い冒険者たち」
受付の男に見送られ、ルーキスとフィリスは宿を出た。
日は高く上り、町を照らすが、高い壁に囲まれている割に吹き抜ける風は涼やかで実に過ごしやすそうだ。
「さてさて。まずは明日の目的地、ダンジョンがある大樹まで行ってみるか。朝飯はそっちに行きながら探そう」
いつもの調子で笑顔を浮かべるルーキスに、フィリスは深呼吸して気持ちを落ち着けようとしながら「分かった」と平静を装って返事を返す。
しかしフィリスはポーカーフェイスが得意な方では無いらしい。
変に取り繕うとして歪な笑みを浮かべるフィリスに、ルーキスは苦笑すると壁に囲まれた町の中心に佇む大樹を目指して歩き出したのだった。




