第27話 二人で宿へ
「おおかた二日間か。ありがとう二人とも、コレは報酬だ、ダンジョンに行くなら気を付けてな」
「もし消臭剤の追加が欲しくなったらプエルタの北にある海辺の町【シールズ】を訪ねて下さい。町で唯一の錬金術師であり俺の師匠でもある父が同じ物を錬成出来ますので」
「ほう、そりゃあ耳寄りだ。ありがとう。必ず行くよ。ああそうだ、冒険者ギルドへはこの道を真っ直ぐ行けば辿り着くから、まあ、達者でな」
商人のドワーフ、ルガンからここまでの護衛と、錬成した消臭剤分の追加された報酬、任務完了証明書をを受け取り、ルーキスとフィリスはルガンと門を入って直ぐの広場で別れを告げた。
商人であるルガンは拠点があるのか、ルーキス達に指し示した道とは別の道へ向かって行った。
「さて、まずは依頼の達成報告か。いや、風呂にも入りたいな」
「お腹も減ったわね」
「宿も探さにゃならんし、さてどうするか」
「ギルドまでの道を歩いて、ご飯屋さんがあったら入る?」
「そうだな。行き当たりばったりでいこう。せっかくだから楽しまないとな」
フィリスに向かってニカっと微笑むと、ルーキスは地面に置いていたバックパックを背負うとルガンが指し示した道を歩き出し、その後ろをフィリスがついて歩いていく。
しかし、目立った店はギルドまでには無く、結局二人は冒険者ギルドで依頼の達成報告と身体の洗浄、食事を終えた。
となれば後は寝るだけとギルドの仮眠室を借りようと受付に行ってみたが、流石にダンジョンが近場にあるからか、はたまた部屋数がプエルタほどではないのか、仮眠室は満室との事で二人は宿を探すために夜が更けた町に繰り出す事になった。
「町中で野宿はしたくないな。果たして空いてる宿はあるのかな?」
「冒険者だけじゃなくて観光の人達もたくさん来てるってギルドの職員さん言ってたからねえ。望み薄かも」
「ふむ。観光客も来てるとなると大通りに面した宿は全滅と見て行動するか。なに、最悪の場合冒険者ギルドの酒場で一夜を明かすさ」
「そうね。座って寝る事にはなるけどね」
そんな会話をしながら、ルーキスとフィリスはあっちにウロチョロ、こっちにウロチョロ。
大通りから枝分かれした道に入っては引き返し、人に宿の場所を聞いてみてはそこに向かって「ごめんねぇ満室なんだ」とお断りされてしまう。
「はっはっは。いやあ見事に無いなあ宿」
「そろそろ疲れてきちゃった」
「まだ疲れ切ってないとはなかなか体力あるな。今日は昼間に戦闘したりだったのに。鍛練の成果かな?」
「アナタ程じゃないわよ。笑う余裕は私にはないんだから」
「なら仕方ない。最後に一軒あたってみて、無理そうならギルドで休もう」
と、いうわけで、光る魔石の街灯に照らされた道ですれ違った衛兵にルーキスは宿がないかを聞いてみた。
すると、どうやら今まで行った宿とは違い、大通りや町の中央にそびえるダンジョンを内包した大樹を囲んだ石壁から離れた場所に少々小汚いが宿があると聞いたので、ルーキスとフィリスはその宿へと歩いて向かった。
そして辿り着いた宿は確かに外観がくたびれていた。
「衛兵の人は古ぼけた宿って言ってたけど、そうでも無くない?」
「そうだな。こういうのは趣深いとか、風情があるって表現の方がしっくりくる」
二人が辿り着いた宿は他の場所と違って木と石の複合建築では無く、完全に木造の宿だった。
確かにパッと見た感じは古ぼけて見えるが、外観の掃除は行き届いており清潔感は感じられる。
「部屋空いてると良いな」
「ええ、そうね」
空いてなかったら空いてなかったで、その時はその時だ。と、軽い気持ちでルーキスは宿の扉に手を掛けた。
そして扉を開いて中を覗き、二人は少し驚く事になる。
「お? 中は外より綺麗だな」
「さっき行った宿より綺麗かも」
見れば床も壁も受付も、作り替えたばかりの様に綺麗な状態が保たれていた。
その受付カウンターの向こうに座っていた眼鏡を掛けた男性が、ルーキスとフィリスの姿を見て立ち上がる。
「ようこそ若い冒険者達。泊まりかな?」
「部屋空いてますか?」
「一部屋ならね。一人、紫石貨四枚だ。どうする?」
「他の宿よりちょっと安いな」
「商売だからね。この宿はギルドからもダンジョンからも離れてるだろ? だから客足はかなり悪い。じゃあ安くて良い宿にするしかないよね」
「確かに。じゃあその一部屋で俺たち二人、お願いします」
受付の男性に言われたままの金額、石貨八枚を取り出そうとしたルーキスだったが、袋に手を突っ込んだあたりでフィリスがその手を止めた。
何事かとルーキスが顔を見てみれば、フィリスの顔は耳まで真っ赤になってしまっている。
「ちょ、あの。同室って本気で言ってる?」
「そりゃあ一部屋しかないんだし。仕方ないだろ?」
「そりゃ、確かに仕方ないけど」
馬車での移動中は交代で夜警をしていたとは言え、一夜は共に過ごしているわけで、何を今更と、ルーキスは苦笑するが、フィリスはそうはいかない。
意中の人と同じ部屋で過ごのと、野宿するのとでは話がまったくの別物なのだ。
「二人は恋人ではないのかい?」
「違います!」
「パーティを組んではいるが、恋人ではないね。相棒、友達という関係が一番近いかな?」
受付の男性の言葉に反射で叫ぶフィリスと、真剣な表情で今のフィリスとの関係を思案するルーキス。
そんな二人を見て受付の男性は苦笑する。
「まあ、規定通り防音魔法の刻印は刻んでもらってるから、楽しい夜を過ごしてよ」
他意は恐らく多分ない。
言葉通り、冒険者の仲間同士で楽しい夜を過ごして欲しいと言う受付の男性の言葉だったが、フィリスは何を誤解したか更に顔を赤くして言葉を詰まらせた。
そんなフィリスにお構いなく、ルーキスは石貨を払い、受付から部屋の鍵を受け取る。
「すまないが食事の提供はしてなくてね。飲食は各自で頼むよ部屋は廊下の突き当たりだ、では良い夜を」
「ありがとう。おかげでギルドで座って眠る必要が無くなりました」
「あ、ありがとう、ございます」
せっかくの寝床を放棄するわけにもいかず、フィリスはルーキスに自分の分の宿代を渡そうとして袋を弄りながら機嫌良さげに歩くルーキスのあとを着いて行った。
明日は移動の疲れを取るため一日休む算段をしていた二人だが、はてさてルーキスはともかくフィリスの気は休まるのかどうか。
指定された廊下の突き当たりの部屋にルーキスと足を踏み入れたフィリスの心臓の音は、さながら警鐘で聞く早鐘のようだった。




