第23話 ダンジョンに向かって
ルーキスとフィリスがそれぞれ装備を新調してから数日。
二人は依頼もそこそこに新調した武具を自らに馴染ませるべく鍛練に勤しんだ。
その後、二人は二日ほど休みを挟み、その間にダンジョン攻略に向かう為に食料などを買いに行くなどして準備と休養をとった。
そして本日、ルーキスとフィリスは街を出て東にあるダンジョンを管理する町へと旅立つ為に荷物をまとめた。
「お兄ちゃんたち行っちゃうの?」
宿屋の夫婦の娘の言葉に後ろ髪を引かれ、宿から出るのを二人は渋る。
しかし、しばらく別れを惜しんでいたルーキスとフィリスだったが、世話になった宿屋の主人と併設している酒場の女主人に深々と頭を下げると二人は宿から出た。
少し歩いて振り返ると、まだ宿屋の夫婦の娘が手を振っている。
その手を振っている娘の隣で、家憑き妖精シルキーも悲しそうな表情で二人に小さく手を振っていた。
「またね! またプエルタに来た時は泊まるからね!」
フィリスのその言葉は宿屋の娘とシルキー、両方に向けた物だった。
別れはどんな時も悲しい物だ。
例えそれが十日と少し一緒に過ごした程度の関係だとしても。
ルーキスにしてその期間なのだ。
フィリスはルーキスよりも早くにあの宿屋の家族と出会い、そして同じ屋根の下で過ごしていたわけだから、宿屋に背を向けたフィリスの目に涙が浮かぶのは仕方のない事だったのかも知れない。
「君は優しいな」
「アナタは平気なの?」
「平気、ではないな。平気ではないけど。まあそういう事はあるからな。慣れないと、俺達は、冒険者なんだから」
言いながら、ルーキスもなんだかんだで別れを悲しみ目頭を押さえていた。
そんなルーキスを見て、フィリスは苦笑する。
その後、二人はしばらく歩き、街の東の森に向かう為の馬車を探しに冒険者ギルドへとやって来た。
東の森の中にある町に向かうついでに馬車の護衛任務でも受けようと思ったのだ。
「あ、これなんか良いんじゃない? 今日中に出発したい依頼で、報酬はちょっと安いけど、移動中の食事は出してくれるって」
「おお。そりゃいい。保存食の消費は抑えたいからな。その依頼を受けよう」
というわけで、東の町へ向かう商人の馬車護衛の任務を受領し、二人は商人が待っている筈の街の東門前の広場へと向かう。
「えっと。目印は赤い花、だって」
「赤い花か。あの人かな?」
東門前の広場に集まる移動目的の為だけの馬車や依頼を受けた商人と同業者であろう、数台の馬車が並んでいる。
その中で、荷台の横で赤い花を一輪手に持った小太りの優しげな背の低い髭面のドワーフの男性がシャツにオーバーオールという出立ちで不安そうに待っていた。
「失礼。冒険者ギルドから依頼書を拝見して参上しました。ルガン氏で間違いありませんか?」
「あ! そうです! 儂が依頼を出したルガンですじゃ! あんな安い依頼料で依頼を受けてくれるなんてありがたい」
「下心はあります。美味しい食事、期待してますよ。」
依頼者ルガンに笑みを浮かべると、ルーキスはルガンと握手を交わす。
「ところで同行するのは俺達二人だけですけど、大丈夫ですか? 不安とかありません?」
「いやいや。護衛任務を受けられるという事は正規の冒険者さんなんでしょう? なら不安なんてありませんよ。本来東への道は魔除けさえあれば護衛無しでも移動出来る比較的安全な道だったんですから」
話を聞くに、最近妙に街道辺りに魔物が出没するようになったらしい。
そしてその多くがゴブリンであるため商人達は怯えてそれぞれ依頼を出したとの事だった。
「ゴブリンが根城にしてる森はもっと東の方な筈とはフィリスから教えてもらった事だったな。ふむ、まあどの道魔物と遭遇する可能性はゼロではないわけだし。気をつけて行きましょう」
「お願いしますよ冒険者様」
「こちらこそ、道中よろしく」
挨拶もそこそこに。
ルーキスは幌が掛かった馬車の荷台にフィリスと乗り込むと荷台の開いているスペースにバックパックの上部に括り付けていた寝袋を広げてその上にフィリスと腰を下ろした。
「狭くないか?」
「え、ええ大丈夫。大丈夫よ」
荷物も乗っているので二人が座る事が出来るスペースは僅かだが、足を抱えて座らなければいけないわけでもない。
それでも幅は少しばかり狭いか、少し横に揺れたなら二人の肩はくっ付いてしまうだろう。
「さて、それじゃあ行きますよ?」
「大丈夫です。お願いします」
馬車の荷台の先頭からドワーフの男性の声が響き、それに答えるのとほぼ同時に馬車がガタンと音を立てながら出発する。
そしてこの時少しばかり馬車が揺れ、案の定二人の肩はほんの少しぶつかる事になった。
「すまない。大丈夫か?」
「大丈夫。アナタから受けたハルバードの一撃に比べたらどうって事ないわ」
笑みを浮かべ、気丈な態度で答えるフィリス。
しかし、その本心は「肩触れちゃったー!」と、意中の男に微かにでも触れた事で乙女心が爆発していた。
手を繋いだ事もあるのに何を今更という感じだが、恋する乙女は繊細なのである。
こうして二人を乗せた馬車はプエルタの街を出て、東の森にある町へと向かって車輪を回す。
幌があるので景色は前方か後方しか見えないが、初めて立ち寄ったプエルタの街が遠くなっていくのを肩越しに後ろを振り返って見ていたルーキスはなんとも言えない寂しさと、次の町とダンジョンに寄せる想いとで、なんとも言えない気分だった。
「そう言えば、君の出身ってあの街なんだろ? 良かったのか両親に挨拶しなくて」
「良いのよ。冒険者になるって家を出た時、これが最後になるかもって挨拶はしたからね」
「そうか。でもまあ君を死なせるつもりは無いんだがね」
「え?」
「そう言う事なら了解した。俺は依頼人の横につく。君はしばらく後方を警戒しててくれ」
「わ、分かった」
こうして依頼人と冒険者、三人を乗せた馬車はゴトゴトと音を鳴らしながら進んでいく。
その馬車の遥か頭上に広がる抜けるような青空には、白い大きな雲がゆっくりと空の旅を楽しむかのように流れていた。




