第20話 ダンジョンへ行く前に
あれから早くも数日が経った。
ルーキスとフィリスは二人でギルドで依頼を請け負い、プエルタ近郊にてフィリスの鍛練を兼ねて魔物の討伐を行なっていた。
「良いね。随分動けるようになってきたじゃないか」
足先が緑色の体毛に覆われている狼型の魔物、グラスウルフを二頭相手取り、それを打ち倒したフィリスの後ろでルーキスは自分が討伐したグラスウルフを一頭解体しながら、手を膝につき、肩で息をしているフィリスに笑いかけた。
そんなルーキスに振り返り、フィリスは疲労からか、深くため息を一つ吐く。
「アナタと毎日鍛練してるからね、成果は出さないと」
「正直驚いてる。たった数日稽古をつけただけだが、君は確かに成長した。狼二頭に無傷の生還。実感も湧いてるんじゃないのか? 強くなってるって実感が」
「ま、まあ。それは感じてないと言えば、嘘になるけど」
グラスウルフの牙、爪、体毛、皮、そして体内の魔石。
討伐証明と売却の為の素材を剥ぎ取るルーキスの言葉に答えるフィリスだが、褒められている割に嬉しそうではない、というよりも少し困っている様子だ。
「どうした? なにか言いたげだな」
「あ、いや、まあその。褒めてくれるのは嬉しいんだけど。なんて言うか、強くなったって実感で気が緩みそうなのが嫌なの」
「君は本当にストイックな娘さんだなあ。そういう所、好ましいよ」
フィリスの言葉に、ヘラヘラ笑いながらルーキスは解体を終えた素材を麻の袋に詰め込むと、ナイフを腰に納めて立ち上がった。
一方で、ルーキスがフィリスに「好ましい」と言ったものだから、フィリスは顔を真っ赤にしてその場に屈み込む。
「どうした? どこかやられたか?」
「だ、大丈夫よ! 大丈夫だから」
やられたとすればハートだが、そんな事を恋する乙女が馬鹿正直に言えるはずもなく。
フィリスは剣を鞘に収める為に立ち上がったが、その際に自分の剣に刃こぼれを見つける。
「あっちゃ〜。やっちゃった」
「ん? ああ刃こぼれか。応急処置なら地面の鉄分を使ってできない事も無いけど、せっかくだ、街に帰って新調してみてはどうだ?」
「修理じゃなくて?」
「そろそろ近場のダンジョンに行くつもりだし、装備一式を新調したいってのもあるんだ。俺も剣以外を見てみたいし。どうかな、このあと武具店に行ってみるってのは」
「ダンジョン攻略。私達には早くない? いや、アナタは大丈夫そうだけど」
「まあ、この近くのダンジョンの危険度はよく分からんが、行かなきゃ攻略は出来ない。お爺さんの遺品、探したいんだろ?」
「そりゃ、お爺ちゃんの遺品は探したいけど」
「まあ近くのダンジョンでお爺さんが倒れたとも限らないが、いつかはダンジョンに潜る事になるんだから、今のうちに慣れておいた方が良い。ダンジョンの内と外では魔物との戦いの勝手も違うからな」
「まるでダンジョンに行った事があるみたいな物言いね」
「まあ、昔ちょっとな」
「ふふ。変なの、昔って何歳の頃の話になるのよ。面白い冗談だわ」
微笑みを浮かべた後、フィリスは自分が仕留めた狼の解体を始めた。
その後ろで、ルーキスは苦笑を浮かべ、フィリスが解体作業を行っている間に錬金用の薬草を探す。
そして、二人は作業を終え、街に戻るとギルドを訪れて依頼完了の報告と素材の買い取りを行った。
この後、返り血を洗うためにギルド内にある耐水加工された石に囲まれた一室の水場にて返り血を洗い流し、ルーキスの風魔法で濡れた部分を乾かすと、二人はギルドをあとに、街に繰り出した。
「いやあ儲かったなあ。魔物の討伐依頼はやっぱりウマい」
「そりゃあ毎日依頼受けてればねえ。おかげ様で儲けさせて貰っちゃったわ」
「何を言ってるんだか。ここ数日の依頼は全部君のほうが討伐数は多い。儲けさせてもらったのは俺のほうさ」
「死角からの奇襲、強襲から私を守ってくれてたじゃない」
「気付いてたかね。やるじゃないか。だが、パーティを組むというのはそういう事だ。出来ない事を補い合う為に俺達は組んでるんだから」
「アナタに出来ない事ってあるの?」
「そりゃあ有るとも、多分な」
フィリスと並んで歩くルーキスがフィリスの言葉にニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。
そんなルーキスにフィリスはため息まじりで微かに笑い、二人は街の大通りから少し離れた場所にある武器防具を取り揃えられているこの街の冒険者御用達の武具店へと向かっていく。
日が傾きかけた街を歩く二人の後ろに影が伸びていた。
帰る頃には夕食時だなと、冒険者としてでは無く、友人として、他愛のない話をしながら歩いていると、二人は件の武具店に辿り着く。
石造りの一軒家のような外観に、木で作られた両開きの扉。
その扉の上に交差している剣が彫られた看板がかけられている。
「こういう店に入る時ってワクワクするよなあ」
「分かる。私も前に一度来たけど、その気持ちは本当によく分かるわ」
ニヤけそうになるのを我慢できず、武具店の前にやって来た少年と少女は年相応の笑顔を浮かべ、少年が武具店の両開きの扉の取手に手を掛ける。
ちょうどそんな時だった。
「馬鹿野郎! ウチはツケなんてやってねえんだよ! 金持って出直してこい!」
憤慨した女性の声が響き、勢いよく扉が開いた。
それを事前に察知して、ルーキスは前世で娘や息子、孫達にそうしてきたようにフィリスの手を引き横に避ける。
するとその直後に「すみませんでしたあ!」と、冒険者であろう革の鎧を身につけた青年が勢いよく飛び出して体勢を崩しながらも慌てふためいて走り去っていった。
そんな様子を見ても、ルーキスはお構いなしだ。
二人はヒョコッと開いた扉から中を覗いて後続などがいない事を確認すると、手を繋いだまま、来た時と同じように並んで武具店に足を踏み入れた。




