第18話 ギルドマスター
「初めまして。ルーキス・オルトゥス君」
ギルドマスターの執務室の扉が、案内してくれた狼型の獣人族であるギルドの女性職員によって開かれた先。
執務室の窓際に立つ眼帯をした老練を体現したような狼型の獣人族の男性がルーキスを見て口を開いた。
全体は紺色の体毛だが、顎下から白い体毛に覆われているその獣人は、体格が良く、ギルド職員に配給されている制服の上からでも筋肉の膨らみが見て取れる。
「初めましてギルドマスター。俺に何か用でしょうか」
窓から差し込む逆光が後光の様相で、その威圧感からフィリスは萎縮しルーキスの後ろに隠れてしまった。
そんなギルドマスターはルーキスを値踏みするように足先から頭にかけてを視線だけ動かして注視する。
「私はプエルタの冒険者達の長。ガルム・ガルスだ。単刀直入に聞くが、君は何者だ?」
「何者か、ですか。昨日冒険者登録をした人族ですよ。ここから北の海辺の町から来ました」
「北の海辺の町。オルトゥス。もしや父上の名はベルクトと言わないか?」
ギルドマスター、ガルムの言葉にルーキスは目を丸くした。
昨日初めて訪れた街の冒険者ギルドの長から今世の実の父の名が出たものだからそれも仕方ない事だろう。
「父を知っておいでみたいですね」
「やはりそうか。ベルクト殿、君の父上には以前重傷を負った際に助けられた事があってな」
ガルムは言いながら、片目を覆う眼帯にその分厚い毛に覆われた手を添えた。
そして、執務机の上に置いていた丸い壺を手に取ると、それを持ったままルーキスの方へと歩み寄ってくる。
「この小型の錬金壺に見覚えがあったのだ。魔力の残滓もかつて感じたベルクト殿の魔力と良く似ていた。もしやベルクト殿の近縁の者かと思って呼び付けてしまったのだ。すまなかったな。ベルクト殿はご健在かい?」
「父は元気ですよ。母さんと仲良く暮らしてます。しかし、世間は狭いですね。父の知り合いとこうして出会えるなんて」
言いながら、ルーキスがガルムに微笑みを向けると、ガルムも目を閉じて微笑んだ。
そんなガルムの表情は優しげで、威圧感はすっかりなりをひそめる。
「父上の教えを良く聞いているのだな。良い回復薬だったよ。既製品よりはるかに効能が良いという鑑定結果だったそうだ。報酬に少し色をつけないと割りが合わん程にな」
ルーキスより頭二つ分は大きな体を持つガルムが腰に下げていた布袋を手に取ると、それをルーキスに差し出した。
その袋を受け取り、ルーキスは肩越しに振り返ってフィリスにニヤッと笑ってみせる。
「ルーキス・オルトゥス。君は父上と同じ錬金術師を目指さないのかね?」
「目指しません。俺は俺の生きたいように生きます」
「そうか。まあ確かにそうだな。親が錬金術師だからといって、子も錬金術師を目指さないといけないなんて道理などないものな。腕の良い錬金術師を囲えるかと思ったが、残念だよ」
ガルムはそう言ってニヤッと笑い、執務机まで戻ると、椅子に深く腰掛けた。
それを見て「じゃあ俺達はそろそろ」と帰る旨を伝えるが、ルーキスの後ろにいたフィリスが執務室の扉を開き、二人揃って部屋から出ようとした時にガルムがルーキスの背に向かって口を開いた。
「昨晩、酒場の方で騒ぎがあったらしいのだが、君かな?」
「はっはっは。やだなあギルドマスター。調べはついてるんでしょ? じゃあ、そういう事ですよ」
ガルムの言葉に肩越しに振り返ったルーキスはそう言うと、ヒラヒラ手を振って執務室を後にした。
こうしてガルム一人になった執務室。
その窓際の執務机の椅子に座っているガルムは腕を組んで背もたれに体重を預ける。
そして、ギシッと音を鳴らして軋む丈夫なはずの特注の椅子に座ったまま、ガルムはため息を吐いた。
「私の姿を見て怯えもせんとはなあ。手練れの冒険者を一撃でノシて見せ、熟達の錬金術師並の練度で回復薬を錬成し、ゴブリンを容易く屠る。本当に君は何者なのだルーキス・オルトゥス」
誰に聞くでもなく、ガルムはそう呟くと机に両肘を乗せる。
しかし、何故だろうか。
ガルムはこの時、ルーキスが何か面白い事を成し遂げるのではと予想し、それが何なのか想像して口元に笑みを浮かべた。
そんな事など露知らず。
ルーキスは階段を降りている間「死ぬかと思った」と、ガルムの威圧感にあてられたか、まだ顔色が悪いままのフィリスの怯えた声を聞いていた。
「君は大袈裟だなあ。彼に殺気なんて無かったじゃないか」
「嘘でしょ? 私、食べられるかと思ったんだけど」
「はっはっは。コボルドじゃあるまいし。それよりまだ外は明るいけど、これからどうする?」
先程あったことなど意に返していない様子のルーキスにため息を吐くと「私、ちょっとお腹減ったかも」と正直に答えてフィリスはお腹に手を当てる。
それを聞いたルーキスは「じゃあ、飯だな」と嬉しそうに言うと二人してギルド併設の酒場へと向かい、まだ賑わっていない真っ昼間の酒場に足を踏み入れた。
「今日は俺が奢るよ。君より多く報酬を貰ったからな」
「え、良いの? やったあ!」
奢りと聞いて、特に遠慮するでなく。フィリスは昨晩座った二人席の対面に座ったルーキスに笑顔を向ける。
そんなフィリスにルーキスは「奢り甲斐があるなあ」と、思いながら微笑み、二人は少し遅めの昼食を堪能したのだった。




