第17話 呼び出し
ゴブリンを討伐したルーキスとフィリスは洗ったゴブリンの耳と魔石を布の袋に入れて街に帰還。
冒険者ギルドの受付カウンターに堂々の凱旋となった。
「昇級任務のゴブリン討伐、ちゃんとクリアしてきたわよ」
晴れやかな笑顔でフィリスが布の袋を受付に渡し、その中身をエルフの受付嬢が確認するが、どうにも腑に落ちない様子でルーキスとフィリスを交互に見る。
「ゴブリン四匹をこの短時間で討伐したんですか?」
「私が一匹、彼が三匹だけどね。間違いなく私達が討伐したモノよ」
「ルーキス・オルトゥスさんは確か昨日冒険者になったばかりだったような」
「この人、剣も魔法も達者だもの」
フィリスに言われ、ルーキスは苦笑する。
エルフの受付嬢はそのフィリスの真っ直ぐな瞳と言い淀みのない言葉からそれ以上疑うことはせずに、布の袋を受け取ると「ではカードを提出してください」と言って二人に微笑んだ。
「ルーキスさんは回復薬の買い取りも承ってましたね。カードの書き換えもありますので、しばらくそちらでお待ち下さい」
と、言ってエルフの受付嬢はギルドカード更新用受付と書かれた小さな看板が掛けられたすぐ横のカウンターを手で指した。
促されるままルーキスとフィリスは横に移動。
自分達以外は誰も並んでいないカード更新用カウンターの前で待機する事になった。
そんな二人を見て、受付に並んでいた他の冒険者達が「お、昇級者か」「若いな、将来有望じゃないか」と口々に言って二人は少しばかり見せ物のようになってしまう。
だが、二人はそんな事はお構いなしで今後の事を話していた。
「貴方のおかげでダンジョンに挑戦出来るようになるわ。ありがとう」
「礼を言われる程ではないよ。俺もお陰様で正規の冒険者になれたわけだしな」
「これからどうするの? しばらく街にいるって言ってはいたけど」
「ん〜。そうだなあ、まずは観光かな、あとは依頼を受けて、少しばかり旅費を稼いだら次の町に行く準備かな?」
「次はどこの町に行くの?」
「いや、別に決めてない。西の空が晴れてれば西に行くし、東に追い風が吹いてれば東に行くかも知れない。北は故郷だからまあ行かんが、南に下るのも悪くないし、その日の気分でフラフラ歩くよ」
「そう、なんだ」
フィリスに向かって微笑みながらこれからの事を話すルーキスだが、どうにもフィリスが寂しそうな顔をするものだから「どうした?」と俯くフィリスに声を掛ける。
「いや、あの。私、まだまだ未熟だからさ。その、これからも色々教えて欲しいなって思ってて」
「ああ、剣とか魔法とかなあ。君は負けん気も強いし、敵を前に奮起出来る気概もある。俺が教えなくても他のパーティに参加して経験を積めば徐々に強くはなっていくと思うが」
そのルーキスの言葉にフィリスは「そっか。そうかな」と俯いたまま小さく返事をするが、ルーキスとて前世で数十年生きた経験がある。
フィリスが自分に何を言って欲しいかは何となく察していた。
「でもまあ、せっかくこうして出会ったんだ。俺で良ければ剣でも魔法でも指南させて貰おうかな」
その言葉に、フィリスは「ホント⁉︎」と、嬉しそうに顔を上げ、笑顔の花を咲かせた。
明るい笑顔だった。
この笑顔を見て、ルーキスは前世で死に別れた妻の若かりし頃を思い出していた。
(あいつも、明るい笑顔が素敵だったなあ。神様の話が本当なら、輪廻転生であいつも転生してはいるんだろうけど。流石に会えるわけ、ないか)
若かりし恋人だった頃の妻の笑顔、結婚して母親になった頃の妻の笑顔、歳を重ね死に際に浮かべた妻の笑顔を順に思い出し、ルーキスは苦笑した。
随分と依存していたんだな、と自嘲したのだ。
「どうしたの?」
フィリスが困ったように眉をひそめてルーキスの目を見つめる。
そんな時だった。
「お待たせしました。ルーキスさん、フィリスさん。こちら新しいギルドカードとなりますので紛失しないようにお気をつけ下さい。それと、こちら報酬の石貨です」
と、先程のエルフの受付嬢ではなく、全身を灰色の毛で覆われた狼型の獣人族の女性が二人の新しい青い半透明のギルドカードと拳大の布袋を持って現れ、カウンターの上に置いた。
「灰石貨がこんなに。流石に正規の冒険者になると報酬が潤沢になるわね」
カードを受け取り、報酬を分けるために開いた布の袋から、フィリスは灰色の艶やかな石を加工して作られた貨幣をてに取り呟く。
この世界の貨幣は金や銀の金属ではなく、魔石を加工して磨き、王家の紋章を刻印した石の貨幣なのだ。
「報酬は山分けだな」
嬉しそうに輝く石貨を手に取るフィリスにそう言って微笑むルーキスに「いや、そうはいかないでしょ」とフィリスが驚いたように目を丸くする。
「私が一匹で、貴方は三匹よ? 七対三くらいでしょ。もちろん私が三よ」
「いや良いよ半分で」
「だめよ! こういう事はちゃんとしないと」
「二人で達成した依頼だろう? なら半分だ」
「せめて六対四!」
「しつこいな君は、半分で良いじゃないか」
「でも!」
と、なんやかんや言っていると、獣人族のギルド職員が苦笑しながら「あの〜」と、言い合いをしている二人の間に割って入ろうと声を掛けた。
「なに⁉︎」
「ルーキスさんが帰ってきたら上に来るように伝えてくれって言われてまして〜」
話に割り込んできた職員を睨むフィリスに、職員は微笑みながら二人に向かってそう言った。
「誰がなんだって?」
獣人族の女性職員の言葉に眉をしかめるルーキスと首を傾げるフィリス。
そんな二人に獣人族の女性職員は微笑んだまま頬に手を当て、答えるために口を開いた。
「ギルドマスターが聞きたい事があるそうですので、ルーキスさん、二階のギルドマスターの執務室へお越しください」
「ギルドマスターからの呼び出し? ふむ、分かった、伺うとしよう」
「ちょっと貴方何やったの⁉︎」
「いや、分からん」
昨晩の酒場での事があるので、思い当たる節が無いわけではないが。ギルドマスターに呼び出される程の事をしたとはルーキスは思っていなかった。
早速この街の冒険者の長に呼び出され、ルーキスは獣人族の女性職員に案内されるまま二階に向かい、そんなルーキスの後ろをフィリスは恐る恐る着いて歩く。
そして、案内された二階の廊下に並ぶ扉の中でも一番重そうな木の扉の前で職員がノックをすると、中から「入れ」という男の声が響く。
その低い男の声から感じる重圧感にルーキスは楽しそうに微笑み、フィリスは怯えて顔を青くするのだった。




