第16話 フィリスのリベンジマッチ
自身の考えを伝えたルーキスに答えるように、フィリスは深呼吸するとバックラーの装着に緩みが無いか、手持ちの剣に刃こぼれなどの不備がないか確認すると「よし!」と気合いを入れて草むらに向かって走って突撃しようとした。
そんなフィリスの首根っこをルーキスが掴んで止める。
「ぐえ! もう何⁉︎」
「待て待て。昨日の事を忘れたのか? また待ち伏せしている可能性もある。考えなしで突撃してはダメだ。相手が一匹だろうと慎重にいけ。ダンジョンだと罠もあるんだし、今のうちに慎重に動く事を癖付けるんだ」
「わ、分かった」
手を離し、静かに語るルーキスの言葉に頷くと、フィリスはバックラーを前に構え、いつでも反撃出来るように剣を引いて構え、ジリジリと背の高い草むらに入っていった。
その様子にルーキスは素直に感心していた。
(会って間もないにも関わらず、他人の助言を疑わずに実行する。師匠などがいる様子もない。彼女はいわば白紙の状態なんだな。この子はしっかり鍛えれば世に名を知らしめる冒険者になるかもなあ)
草むらに入って腰から上だけが見えている状態のフィリスの後ろ姿にそんな事を思いながら、ルーキスは自分の剣を抜いてフィリスに続くように草むらに足を踏み入れた。
フィリスの援護、というよりはゴブリンとフィリスを確実に一対一で戦わせるため。
フィリスには見えていなかったが、ルーキスには昨日と同じように待伏せているゴブリンが三匹、徐々にフィリスを囲むように動いているのが視えていた。
(昨日に続き、街の近くに集団で"狩り"を行うゴブリンが現れる、か。どうも本来のゴブリンの生態とは違って、コイツらはダンジョンに棲みついている個体の生態に近いな。二百年の間に頭を使うようになったのか、それとも)
ある一つの可能性が頭をよぎったそんな時、緑の草の海に風が吹き抜けた。
(まあ今は、彼女に邪魔が入らないようにする)
風と共に、ルーキスは腰を低くし剣を構え、草に隠れるようにして走り出した。
ガサガサと音を立てる草にゴブリン達は警戒。
フィリスもルーキスが走っているとは知らないため警戒し、緊張感から冷や汗が頬を伝う。
それはフィリスが見ているゴブリンも同じで、仲間とは別の気配を感じてキョロキョロ辺りを見渡す。
敵から視線を逸らしてしまうあたり、狡猾とは言えゴブリンは、やはり阿呆なのだ。
一方で、フィリスは草に隠れて頭の先くらいしか見えていない目の前のゴブリンが気を散らしたのを見逃さなかった。
バックラーを前に構え、フィリスはゴブリンに突撃。
そんなフィリスに、気を散らしていたゴブリンは反応が遅れ、フィリスのバックラーによる打撃に反撃出来ずに頭部に一撃もらってしまい、続けざまに放たれた袈裟斬りにて首に深傷を負い、紫色の血飛沫を散らせる事になった。
「や、やった! 倒した! 倒したよ!」
首の皮一枚繋がった状態というと間一髪助かったように聞こえるが、フィリスの眼下に倒れ、切り傷から血を噴き出しているゴブリンは見たまま首の皮一枚が繋がっているだけで、血管も気管も脊椎も分断されている。
初のゴブリン討伐に喜び、フィリスは街道で待っているであろうルーキスの方を振り返ろうとする。
しかしそんなフィリスに、街道からルーキスの声で「こらこら気を抜くな、敵がまだ潜んでる可能性も考えろ」と言われ、ハッとしたフィリスは再びバックラーを自分の前に構えて周囲を警戒。
周辺からの奇襲の気配を感じられないので、フィリスはゴブリンの討伐証明に必要な部位の一つである耳を気味悪がりながら恐る恐る切り落とすと、辺りを見渡しながら街道へと戻ろうと振り返った。
「お疲れ様。頑張ったな」
「な、何それ」
振り返った先、フィリスの目に映ったのはルーキスの足元に転がっている三匹分のゴブリンの頭部だった。
フィリスがゴブリン一匹を討伐する間に、ルーキスは容易くゴブリン三匹を討伐。
何食わぬ顔で元の位置に戻ってフィリスを待っていた。
「ほ、他にもいたのね」
「昨日と同じでな。ところで、どうだい? 人型の魔物の命を奪った感覚は」
フィリスから、昨日のゴブリン討伐任務が人型の魔物を討伐する初任務だったと聞いていたルーキスは、あえてこんな聞き方をした。
「意地悪な質問のしかた。でも相手は人類の敵だわ。別に何も、いや、何も感じてないわけじゃないけど。後悔や懺悔の念なんてないわよ?」
「良いね。良い感じに狂ってる。君はちゃんと冒険者に向いてるみたいだな」
「それは褒めてくれてるのかしら?」
「もちろんだとも。いちいち討伐した魔物に可哀想だ、哀れだと思っているような奴では冒険者は務まらんからね」
「まるでベテラン冒険者の言いようね」
「まあ……ああいや、そう言う心構えで挑めって、良く読んでた本に書いてたんだよ」
転生前は冒険者だったからな、と言えるわけもなく。
ルーキスは足元に転がっている耳を切り落としたゴブリンの頭部を街道に放置したままフィリスを連れて草むらに戻っていった。
「どうしたの? 耳なら取ったわよ?」
「魔石は?」
「あ、忘れてた」
「だろうな。消失反応がないからそうだと思った」
言いながら、ルーキスは自分が殺したゴブリン三匹の所へ行き、順番に胸を剣で裂いて魔石を抜き取る。
そして、フィリスの元に戻りながら肩越しに振り返り放置したゴブリンの体に目をやった。
草原に放置されたゴブリンの体から、黒いチリのような粒子が放出され、ゴブリンを末端から侵食。
少しずつ削り取っていく。
「どういう理屈なんだろうな。魔石を抜き取ると体が崩れるってのは」
「本当にね。それでいて魔石を抜く前に切り取った部分は残ってるんだもん。意味わからないわ」
「まあ、おかげ様で死体の処理には困らないけどな」
「そうね」
と、ルーキスの言葉に答えて、フィリスは剣では無く、腰に備えていたナイフを抜くと逆手に構え、ピクリとも動かないゴブリンのそばに屈んだ。
「おえっ。くっさ」
「まあなあ。臭いよなあ」
飛び散ったゴブリンの血の匂いと腰に巻かれている汚ならしい腰布、単純に臭い体臭に、フィリスもルーキスも顔を歪めて鼻を摘む。
その臭いは牛乳を拭いた雑巾のような臭いに鉄臭さが混じって、不快極まりない。
「これに手を突っ込むのかあ。やだなあ」
「代わろうか?」
「大丈夫。私が殺した命だから。最後まで私がやる」
その言葉通り、フィリスはゴブリンの胸を慣れない手つきで裂き、耳の時と同じく恐る恐る心臓の横にある縦に長い菱形をした魔石を抜き取った。
その瞬間。ゴブリンの指先や爪先、頭頂部から消失反応が始まる。
フィリスはそれを見たあと立ち上がると、ナイフを鞘に納め、背を向けて歩き出した。
それに続いてルーキスも歩き出す。
こうして二人は無事ゴブリン討伐任務を終了。
二人で四体のゴブリン討伐という事で、ルーキスとフィリスは無事に駆け出し冒険者から正規の冒険者、ランク持ちの冒険者に昇格したのである。




