最終回 二度目の人生を謳歌する
太古から生きる青龍、フィリスの祖父の仇であるエテルノを討伐したルーキスたちは真っ暗闇の森で目を覚ました。
「頭痛え。古代種相手とはいえ無茶しすぎたな」
「ルーキス。起きたんだ。大丈夫?」
「フィリス。君こそ大丈夫か?」
誰が自分たちを治療し、荒野から森まで運んで、あまつさえ結界魔法まで張ってくれたのか。
などと考え込むことはなく。
残った魔力の残滓から、ここに自分たちの師匠が来ていたのは明らかだった。
「次会ったらまぁたなんかグチグチ言われそうだな」
「流石に大丈夫だと思うけどねえ」
魔法で辺りを照らし、師匠と魔物がいないことを確認するとルーキスは立ち上がろうとしたが、自分の膝を枕代わりにイロハが寝ているのでこれを断念。
ルーキスはすっかり戦闘の余波で落葉してしまった木の枝の間から満天の星空を見上げた。
しばらくフィリスと手を繋いだまま何も言わずに、ただ星を見上げる。
すると、次第に空が白んできた。
夜が明けたのだ。
次第に太陽が高くなり、龍の谷を陽光が明るく照らしていく。
その陽光がイロハの瞼を刺激して目を覚させた。
「っは! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
戦闘中。一番最初に気を失ったイロハは戦いの行方を見届けていない。
それ故に、目を開けた先に四つ足で立ったまま事切れているエテルノの亡骸が見えたこと、二人がその近くにいない事に焦り、寝惚けたまま勢いよく頭を上げる。
そのイロハの頭が、目を覚ましたことを確認しようとして顔を見ようとしたルーキスの顔面を強打した。
「ぐおぉ。イテェ」
「何やってんのよルーキス。イロハちゃん大丈夫?」
「あう〜。痛いのです」
「俺の心配は?」
痛む側頭部をさすりながら、ルーキスとフィリスの元気そうな様子に安堵し、それが嬉しくて涙を浮かべながら二人に抱き着くイロハ。
そんなイロハを抱きかかえたまま立ち上がると、ルーキスとフィリスはピクリとも動かなくなったエテルノの側へと歩き始めた。
「アレで寿命ギリギリだったなんて、とんでもねえ生き物だったなあ」
「魔力の循環点に集まる大量の魔力を吸収しないと生きていけないほど、弱っていたってことだったのかしら」
「それも理由の一つなんだろうけどな。アレ見てみろよ」
そう言って、ルーキスはエテルノの亡骸が佇む遥かに後方。激しい戦闘の最中にありながら奇跡的に残った一本の大きな木を指差した。
「エテルノは俺がフィリスたちに結界魔法を張り続けていたみたいに、ずっとあの木を結界で守っていた」
「なんで、そんな事」
「守りたいものが、あったんだろう」
そう言って、ルーキスはその木の方に向かって歩いていく。
遠目に見るより遥かに巨木だったその根元には青い花、フィリスの祖父が求めた龍華草が咲きほこり、その真ん中にはエテルノの巣があった。
巣というよりは子供用の籠か。
木の枝や魔物の毛皮で作られたその籠の中に人間の子供ほどある金属のような光沢を放つ青黒い殻をした卵が置かれていた。
「どうするの?」
「君が決めることだ。仇の子供だからな」
「そうね」
ルーキスに言われ、腰に携えていた刃こぼれした剣を抜き、フィリスは卵に切先を突き付ける。
剣の柄を握る手に力が入るが、結局フィリスは剣を鞘に戻した。
「私の仇討ちはエテルノを倒して終わったわ。これ以上は。違う」
「君のそういうところ。好きだよ」
「もう。茶化さないでよ」
「本心なんだがなあ」
イロハを下におろし、卵をどうするか、よりはまずはエテルノがアンデッド化しないように処理をしようという事で、ルーキスとフィリスが脆くなったエテルノの亡骸のところへ向かい魔石を探し始める。
その間、イロハは卵を興味津々で眺め、ペチペチ触ったりしていた。
「あった、魔石だ。予想より小さいな。それほど消耗していたのか」
「本当に消滅させるのね」
「エテルノは確かに俺たちの敵だったけど、コイツの体を売ったり武具に加工したりってのは、なんか嫌じゃないか?」
「そうね。それはちょっとなんか嫌っていうか、違う気がする」
「せめてもの弔いって事で」
「その役。私がやるわ」
そう言って、フィリスはルーキスが投擲した斧でつくった傷の奥に光る魔石に向かって剣を突き上げた。
これによりエテルノの魔石は破損し砕け、同時にエテルノの体を末端から灰に変えていく。
それが、陽光に照らされて、二人には光の粒子に見えた。
「さあ、帰るか。プエルタに」
「そうね。お墓に、お爺ちゃんとお婆ちゃんに報告しないと」
「あと、両親に挨拶な」
「うぐ。ええ、そうね」
風に吹かれ、光の粒になって天に還ったエテルノに背を向けて巣に置いてきたイロハを迎えに行こうとするルーキスとフィリス。
そんな二人の元に、巣のほうからイロハが駆け寄ってきた。
その両手にエテルノの卵を抱えて。
「どうしたイロハ、卵抱えて」
「あの。この卵って孵るんですか?」
「ワイバーンと違って龍種は完成された生物だ。単為生殖で種族を増やすはずだから、いつかは産まれるだろうな」
前世で息子や娘が子猫や小動物を拾ってきた時と同じ目で言ってきたイロハの言葉で、ルーキスはイロハが何を言いたいかはなんとなく分かっていた。
「私がちゃんと育てるので、卵持って帰っていいですか?」
「昔の自分と重ねて見たか?」
ルーキスに図星を突かれ、何も言えなくなってしまったイロハは悲しそうに俯く。
そんな様子に前世の息子たちの姿を重ね見て、ルーキスは苦笑するとイロハの頭にポンと手を置いて撫でた。
「俺は別に構わねえよ。お母さんに、聞いてみな」
「お母さん」
「ちょっとルーキス! それは反則でしょ!」
こうして、ルーキスとフィリスの出会いから始まった旅はここで一旦の終わりを迎えた。
このあと三人は龍の谷の崖を登り、ワイバーンを討伐したのち宿場町に戻ったあと依頼を達成。
馬車を引き取って帰路につく。
「フィリスの両親に挨拶かあ。エテルノとの戦いより緊張するなあ」
「嘘でしょ? なんでよ」
「フィリスも想像してみろよ。俺の両親に挨拶するって状況」
ルーキスに言われ、まだ見たこともない彼氏の両親に会って挨拶する状況を想像するフィリス。
「ヤバい。緊張する」
「だろ? 俺たちの戦いはこれからかも知れないなあ」
ルーキスたちを乗せた馬車はゆっくりと東へ。
フィリスの故郷、プエルタへと向かっていく。
そんなルーキスたちを祝福するように空は晴れ渡り、心地の良い風が馬車を追い越して、街道沿いに咲く花の香りを運んでくる。
こうして、一つの旅を終えたルーキスたちは、まだ見ぬ未来へと、三人一緒に進んで行くのだった。




