第165話 一つの旅の終わり
降りしきる雨の中、戦い続けたルーキスたちと古代から生きる古き青龍エテルノ。
お互い疲弊し、攻撃の頻度も減るなか、熱線を地面に吐き出してルーキスたちを遠ざけたエテルノが、飛ぶ事をやめた翼を広げ、口を天に向かって開いた。
途端に響く吸気音。
エテルノが魔力を回復するために大気中の魔力を集め始めたのだ。
これを許せば急激に魔力を回復する手段がないルーキスたちにとっては窮地。
最悪だと言っても過言ではない。
それが分かっているルーキスは、残り少ない魔力で身体強化魔法を発動。
力一杯振りかぶり、相棒である【クレセントノヴァ】を投擲した。
投石機も真っ青な勢いで飛来する大斧。
その刃が、エテルノの胸元に深々と突き刺さった。
鮮血が溢れ出る。
強化魔法が弱まってきたエテルノにとっては甚大な被害だった。
「おのれぇ! ルーキスゥウ!」
魔力の吸収は中断されたことに苛立ち、エテルノが叫び、開いた口をルーキスに向けた。
その口に赤い光が灯るのを見て、ルーキスは避けようとするが、疲れていたからか、濡れた地面に足を取られタイミングを失う。
ならばと、結界魔法を発動しようとするが、フィリスやイロハを守るためにほぼ常時結界を発動していたことが災いし、ここでルーキスは生まれ変わってから初めて魔法の発動に失敗した。
エテルノから放たれた巨大な火球。
それを眼前にルーキスは「っち。仕方ねえ。ちょっと、寿命を使うか」と、生命力を犠牲にして魔法を発動するという捨て身の技を行使しようとするが。
そんな彼の目の前に愛しい恋人が背中を向けて立ち塞がった。
「ごめんねルーキス。私たちのために頑張ってくれて。ありがとう。今度は、私があなたを守るわ!」
ルーキスに迫る火球の間に立ち、フィリスが剣を両手で持って魔力を込めて振りかぶる。
そして、身体強化魔法を全力全開で発動すると、エテルノが放った火球に向かって、剣をフルスイングした。
「私は将来ルーキスと結婚するの! だからぁ! こんな場所で彼を死なせるもんかあ!」
これが魔力が潤沢な状態で放たれた光波熱線であれば諸共蒸発してバッドエンドだったが、三人でエテルノに地道に傷を負わせ、魔力を枯渇寸前まで追い込んだ結果、エテルノが苦し紛れに放った火球はフィリスに打ち返される事になった。
「っな! ゴァア!」
フィリスが打ち返した火球は見事にエテルノの口内に戻り炸裂。
強化魔法が絶え絶えになっていたエテルノの顔を左半分消し飛ばした。
「やった! 今のうちに」
エテルノの被害状況を見て、フィリスが止めを刺そうと駆け出すために一歩踏み出したが、そこでフィリスにも限界がきた。
魔力枯渇寸前になり全身が脱力。
その場に伏してしまったのだ。
そんなフィリスと、同じように倒れているルーキスは手を伸ばしても一人分届かない距離にいる。
そこにイロハが座り込み、二人と手を繋いで、ありったけの魔力を半分づつ送り込んだ。
「ごめんなさいお兄ちゃん、お姉ちゃん。私では力不足なので、今はまだあの龍を、エテルノを倒せません。だから、せめて私の魔力を、使ってください」
激しい頭痛と脱力感に襲われても、持てる魔力を全て送りこみ、二人と手を繋いだまま倒れて気を失うイロハ。
「俺もまだまだ未熟だな」
「いいわよ未熟で。私たちまだまだ若いんだから」
「まあ、そうだな」
イロハの献身もあって、ルーキスとフィリスは全快とは言えないが立ち上がり、二人並んでエテルノに向かって走り出した。
一方でエテルノは前足でルーキスが投擲し、突き刺さった胸の斧を抜こうとするが、ルーキス以外を主と認めない魔石に残った魔力で雷撃魔法を発動。
エテルノを雷撃により、ほんの一瞬行動不能にする。
その間隙を突き、エテルノの胸元に走り寄ったルーキスはエテルノが抜くことができなかった大斧の柄に手を掛けると、イロハからもらった魔力をほぼ全て【クレセントノヴァ】に送り込む。
そして、エテルノに刺さっていない片刃を変形させると推力に変えた魔力を放出させて胸から喉に掛けてを切り裂いた。
「今だフィリス! 君が決めろ!」
喉を下から切り裂かれ、跳ね上げられたエテルノの眼前にフィリスが剣を逆手に持って落下してくる様子が見えた。
ルーキスがエテルノの胸元に飛び込んだのを見て、ルーキスなら大きな隙を作ってくれると信じ、フィリスは地面を蹴って宙を舞っていたのだ。
しかしながら、無防備であることに変わりなく。
エテルノは両翼でフィリスを串刺しにしようとするが、その両翼はすでに制御が効かず、動かすことができなかった。
ならば噛み砕いてやると考え、フィリスに向かって口を開けるが、最後の力を振り絞って地面から跳び、エテルノの顎に斧による一撃を喰らわせて口を閉じさせる。
「もらったあぁああ!」
自由落下の速度のまま、フィリスは逆手に持った剣をエテルノの目に突き刺し、ダメ押しに得意の火炎魔法を剣先から発動。
エテルノの頭部を内側から焼いた。
ぐらつき、力が抜け、濡れた地面に倒れ伏す太古の龍。
その倒れた衝撃で、フィリスも放り出されるように濡れた地面に転がった。
その近くに、空中で姿勢を崩したルーキスも落下してくる。
「いってぇ。しくじった」
「やったね。ルーキス、勝ったね」
「ああ〜。いや、ダメだ。アイツ、まだ生きてる」
「嘘でしょ。流石にもう動けないわよ」
痛む体を無理矢理起こし、首をもたげて戦った青龍に視線を向ける。
どう見ても他の生物なら死んでいる傷だったが、エテルノは足を震わせながら立ちあがろうとしていた。
「楽しかった。素晴らしい戦いだったぞ。異世界人の末裔たちよ。ああ、これでやっと」
頭に響くエテルノの声。
全力を出し切って負けたのだ、死ぬ時は二人一緒だと思ってルーキスはフィリスに向かって、フィリスはルーキスに向かって手を伸ばす。
目を閉じて、最期の時を待つ二人。
しかし、待てど暮らせど、エテルノは爪でも牙でも魔法でも攻撃してこなかった。
目を開き、エテルノに再度二人は視線を向ける。
そこには四つ足で立ったまま生き絶えているエテルノの姿があった。
ルーキスたちは辛くも太古の龍種でありフィリスの祖父の仇であるエテルノを討伐したのだ。
安堵して深く息を吸って吐き出したルーキスは、力無く地面に伏して仰向きに寝返りをうってフィリスに近付き、再び手を握る。
「終わった、か」
「勝った、のかしら」
「アイツは死んで、俺たちは生きてる。勝ちだ。俺たちの、勝ちだよ」
そう言って、ルーキスは完全に気を失う。
そんなルーキスを追うように、フィリスも濡れた地面の上で目を閉じた。
ちょうどその時、雨が上がり、雲が切れて晴れ間が差し込みルーキスたちが倒れている荒野を照らす。
そんな時だった。
荒野に落ちた影から人影が生えてくるように現れた。
血に濡れたような色のドレスを着た、金髪赤眼、色白の女性が影から現れたのだ。
「よくやったな弟子たちよ。しかと見届けたぞ。しかし、馬鹿な姉様だ。とっとと人間たちと共生の道を歩めば良かったものを。まあもう聞こえんだろうが、次生まれ変わった時は、その時は幸せになってくれ。妾みたいにな」
気を失ったルーキスたちに回復魔法を使用し、魔力を分け与え、三人を木陰に連れていく。
そして、三人が魔物に襲われないように結界魔法を張ると、人影は満足そうに笑って影の中に沈むように姿を消したのだった。




