第164話 悔いなき明日のために
エテルノが放った熱線に対し、ルーキスは四角錐の結界の頂点をエテルノに向けて展開した。
結界の面で受けることを危険と判断し、構造的にも丈夫な点で受けたのだ。
しかし、それでも今までクラティア以外に破られた事のない結界を、エテルノの熱線は破壊してきた。
これに対してルーキスは結界内に多重に結界を発動して熱線の威力を削ぎ、フィリスとイロハを守る。
とはいえ、もはやフィリスとイロハもただ守られるだけの存在ではない。
「イロハちゃん!」
「はいなのです!」
ルーキスが熱線を受けたことで巻き上がった土煙。
その土煙がエテルノの視界を奪っている間に、二人はルーキスの結界から左右に別れて飛び出した。
いつぞやレッサーヴァンパイアに仕掛けた連携に近い動きで、二人はエテルノに向かって駆けていく。
二人の全力疾走は瞬く間にエテルノまでの距離を詰め、同時に前足に攻撃を仕掛けるが、ワイバーンなど遠く及ばない硬度をもつエテルノの甲殻を微かに傷付けるにとどめた。
「ほう。業物だな。私の体に傷を付けるとは」
「硬いですね」
「でも通るわ!」
二人の攻撃に驚いたのか。
思わず熱線を止め、背中の翼を足元に振り下ろす。
その一撃を跳んで避け、地面を割った翼に向けて、フィリスは剣に炎を纏わせ、イロハは雷光を纏わせて反撃を行う。
そのタイミングでルーキスも前に出た。
二人よりも距離があったにも関わらず、ルーキスは二人よりも早く接近し、エテルノの喉元目掛けて跳ぶ。
そして、薙ぎ払われる大斧。
ルーキスの一撃は確かにエテルノの喉元を捉えたが、傷は浅い。
ほんの少し食い込んだだけで、大してダメージは無さそうだった。
首を振り、エテルノはルーキスを振り落とす。
「クックック。アアッハッハッハッハ!」
楽しそうな笑い声だった。
予想以上に動けるルーキスたちにエテルノの興奮度が上がっていく。
「喉元が生物の弱点ってのは全生物共通なはずなんだがねえ。体を支える強化魔法がまさに化け物」
「怖気付いたかルーキス」
「馬鹿言ってんなよ。最高じゃねえか。絶対にぶち抜いてやるよ」
フィリスとイロハの攻撃も微かにエテルノに傷を付けるが大したダメージにはなっていない。
二人は一旦ルーキスとは距離をおいて並び、エテルノの次の攻撃を待たずに一斉に走り出した。
「的を絞らせるな! 甲殻の隙間か腹を狙え!」
「言われなくても!」
「頑張ります!」
エテルノに迫るルーキスたち。
しかし、エテルノがただ待っているだけのはずもなく。
彼女は後ろ足二本で立ち上がると、眼下のルーキスたちに向かって前足二本と背中の翼を立て続けに叩き付けた。
両サイドに位置していたフィリスとイロハはそれに合わせて跳び、イロハは背中に向かって雷撃を伴った拳を、フィリスは翼膜を裂こうとして剣を振り下ろす。
一方でエテルノの正面に構えていたルーキスは前足の間に陣取ったため、飛び散った瓦礫が頭部に被弾し血を滴らせる。
とはいえ、これは好機だ。
両前足を地面に叩き付けた以上、エテルノが首を下げるのは道理。
「喰らえぇえ!」
ルーキスはその瞬間を狙って斧を振り上げた。
鮮血。
エテルノの首を、ルーキスの相棒【クレセントノヴァ】は今度は切り裂いた。
深傷という深傷ではないが、初めてのダメージに、一瞬エテルノは怯み、強化魔法の出力が揺らぎ、直後にイロハの打撃とフィリスの斬撃がエテルノを襲う。
「ガァッ! ッツ、クハ、クハハハ! 良いな。これだけ戦える人間には初めて会った。少し前に蹴散らした赤い髪の冒険者も腕は良かったが、貴様らほどではなかったなあ。だが、まだまだあ!」
「赤い髪の冒険者? それって!」
「気を緩めるなフィリス! 来るぞ!」
ルーキスの警告直後、荒野に複数、いや、荒野を覆うほど無数の魔法陣が展開される。
エテルノが発動したのは極めて威力の高い地に落ちるでなく、天に昇る紅い雷撃魔法。
その攻撃範囲にルーキスたちは戦慄し、冷や汗が滲む。
咄嗟にルーキスはフィリスとイロハ、自分に結界魔法を張るが、その雷撃はルーキスの結界を打ち抜き、三人に直撃。
ルーキスたちに痛手を負わせた。
「ハァハァ。結界が間に合ってなかったら死んでたな。フィリス、イロハ、無事か⁉︎」
「なんとか。ティアに殺されかけた経験のおかげで意識はあるわ」
「私は自分の雷撃魔法をぶつけたのでお姉ちゃんよりは大丈夫です!」
絞り出したルーキスの叫びに剣を杖代わりに立ち上がるフィリス。
イロハもフラフラしながらではあるが、すでに立ち上がり拳を構えている。
それを見て安堵のため息を吐きながらルーキスも片膝立ちの状態から相棒を杖代わりに立ち上がった。
「アレを喰らって立ち上がるか。防具も並ではないという事だな。しぶといじゃないか」
「そりゃどうも」
余裕を見せるエテルノを身もせずに、ルーキスは森に向かって、正確には森に置いてきた荷物に向かって手をかざし、魔法を発動した。
なんの事はない。
魔力でバックパックの中から蓄えていた回復薬が入った小瓶を三つ取り出したのだ。
それを引き寄せ、ルーキスはフィリスとイロハに投げ渡す。
「ありがとうルーキス」
「これでまだ戦えるのです」
渡された小瓶の中身を半分飲み、半分は頭から被る二人。
ルーキスは回復薬を一気に飲み干して、口元を拭う。
「優しいじゃないか。待っててくれるなんて」
「警戒していただけさね。何かしでかしてくるやもしれんからな」
「古代種の龍に警戒していただけるとは光栄だ。勝てると思うなよ? 俺たちは強いぞ」
「身に染みているさ。最後に戦えるのがお前たちで、私は嬉しいよ」
言うや否や、再びエテルノが荒野を覆うほど無数の魔法陣を展開した。
それを見て、ルーキスは地面に【クレセントノヴァ】を突き刺し「二人とも跳べ!」と叫んだ直後に魔法を発動。
地面に浮かんだ魔法陣を物理的に破壊するため、地面から岩の杭を無数に出現させた。
「同じ技が通用すると思うな。三流冒険者じゃねえんだぞ」
ルーキスの目論見は成功し、地面から出現した無数の巨大な杭はエテルノの魔法陣を見事破壊。
更にはエテルノが立つ地面からも出現した杭により、エテルノの足や腹部に微かに傷を与えた。
そこに、上空に退避していたフィリスとイロハが襲いかかる。
フィリスの斬撃も、イロハの拳撃も、確かにエテルノにダメージを与えているようだ。
「さっきより斬れる!」
「追撃いきます!」
再びエテルノに襲い掛かるフィリスとイロハ。
その様子を見て、ルーキスは魔力を目に集中させてエテルノの様子を探る。
(魔力量が急激に減衰している。さっきの雷撃魔法発動、ずいぶん燃費が悪いようだが。そうか、この龍飛ばないじゃなくて飛べないのか。本来なら体を維持、強化するだけで手一杯。それなのにこの強さ。コイツが老いてなければ今ごろ冥界か天界だったな)
斧を構え、走り出すルーキス。
三人で一体の龍を取り囲むが、エテルノの戦力たるや、少しずつ弱っているとはいえ、エテルノはその巨躯を巧みに操り、爪や牙、硬質化した翼、刃のような尻尾でルーキスたちを迎撃。
お互いに傷を増やしていった。




