第163話 龍と竜の戦い
「なんだ。ちゃんといるじゃないか」
雷鳴のあと、ゆっくり立ち上がったルーキスが出力を上げて感知魔法を使用した。
入ってくる情報量が多過ぎて、軽い頭痛を伴うが、その甲斐あって、ルーキスは森の奥に尋常ならざる魔力を有する何かと、その魔力にまとわりつくような魔力を複数感知する。
「イッテテ。とんでもないな。先生と引き分けるわけだ」
「どこ? 見つけたの?」
「北の方角、距離はあるけど、見つけた。たぶんコイツだ」
荷物を担ぎ、フィリスに手を伸ばして立たせ、イロハが立ち上がったのを見て、ルーキスは感知した魔力を目指して歩き始めた。
木々の葉の間をすり抜け、運良く振ってきた雨粒が地面に落ちる。
その瞬間、再び仇の龍であろう魔物の咆哮が聞こえてきた。
更にその直後、暗い森に光が差す。
雨が上がって晴れ間が覗いたわけでは無い。
ルーキスたちの遥か頭上で巨大な火球が炸裂したのだ。
とはいえ、ルーキスたちにその様子が直接見えていたわけではなかった。
木々の葉が緑から橙色に瞬時に染まり、しばらくも待たないうちに緑に戻ったことで何か炎のような物が通過、もしくは炸裂したと感じたのだ。
「年老いた龍の一撃とは思えんな」
呟きながら、ルーキスは自らを中心にフィリスとイロハを囲うように四角錐の結界を展開。
直後に襲ってきた炸裂した火球の爆風から身を守り、焼け落ちてきた木の葉を眺める。
「私たちのことバレてるの?」
「いや、感知した時、大きな魔力を持つ個体に、別の魔力を持つ個体が群がっていた。恐らくは戦闘中。縄張り争いでもしてるのかもな」
結界を解除し、焼け落ちた木の葉の隙間から落ちてきた雨粒に濡れながらルーキスたちは北へ向かって森を進んでいく。
再び雨を防ぐ森の中に足を踏み入れ、しばらく歩いていると、それまで鬱蒼と広がっていた森から打って変わって開けた場所に出た。
崖上の荒野のような荒涼とした岩と砂の硬い地面。
その真ん中にそいつはいた。
赤茶けた地面に似合わない深い青色の甲殻。
ワイバーンとは違い、四足で地面に立ち、背中から生えた翼をもたげている。
そんな青龍に襲い掛かっていたのは、以前イロハが戦った体躯の大きなワイバーンと同種の個体だった。
「あのワイバーン」
「イロハが倒したヤツと同じだな。どれもデカいが、イロハが倒したヤツほどでもない。それでも一軒家くらいはあるな」
「四つ足のほうが小さい」
ワイバーンと相対する龍の大きさは体高にして大人三人分ほど、ワイバーンほどの巨躯は持ち合わせていないが、それでも存在感や威圧感は遥かに勝る。
実力にしてもワイバーンより青龍のほうが遥かに上。
その事実は青龍の後ろで真っ二つになっているワイバーンや黒焦げになっているワイバーンを見れば明らかだった。
「どうするの?」
「様子を見たい」
声量を落としたフィリスの言葉に静かに呟き、森と荒野の境目の木の影に身を隠すと、ルーキスたちは青龍とワイバーンの戦闘を覗き見る。
しばらくの睨み合いのあと、地上のワイバーンが駆け出し、空中からもワイバーンが襲い掛かった。
しかし、青龍には動く気配がない。
ただ迫るワイバーンに向かって口を開いただけだった。
その直後、青龍の口から吸気音が聞こえ、そして青白い光波熱線が吐き出されたかと思うと、長い首を上に向かって振り上げる。
これが前方から突撃していたワイバーンと上空から襲い掛かってきていたワイバーンに直撃。
二頭のワイバーンはもろにこの光波熱線を喰らって縦に真っ二つに体内の魔石ごと切り裂かれ、消滅した。
それだけにとどまらず、青龍が放った熱線が通過した地面は急激な温度上昇により地中の水分が蒸発、気体となった酸素と水素が高温で熱されて大爆発を起こして森を吹き飛ばした。
「あっぶねえー。射線上にいたら死んでたかもなあ」
「身体は小さいのに、なんて奴」
「強いですね」
狭い渓谷だったなら、ワイバーンもろとも森ごと焼失していた可能性に冷や汗を浮かべるルーキスたち。
そんな彼らの目の前で、青龍は魔法陣を自らの身体の周囲に展開。
空のワイバーン三頭に向かって落雷を落として地面に叩き付けた。
その間に、地上にて隙を伺っていたワイバーン二頭が突貫するが、青龍は背中の翼を硬質化して先端にて刺突。
硬いはずのワイバーンの頭部を貫いて絶命させると落下してきたうちの息のあった一頭に刃のように鋭利な尻尾を薙ぎ払って首を切断。
敵がいなくなったのを一瞥すると空に向かって咆哮した。
「なんぞ。今日は、来客が多いな」
突然だった。
青龍の戦闘を観戦し、武器を手に取り、さあ、次は俺たちの番だと言わんばかりに立ち上がったルーキスたちに声が聞こえてきたのだ。
「あらら。気付かれてたか」
「なに今の声。頭に直接響いたような」
「もしかして、あの龍の声なのですか?」
聞こえてきた年配の女性のような声に、さてどうするかと考える間もなく「隠れているのは分かっている。出てこい侵入者」と、再びルーキスたちの頭に声が響いた。
「バレてるなら隠れてる意味もない。出るぞ」
そう言って、ルーキスが木の影から出て荒野に向かったのでフィリスとイロハも続く。
そんなルーキスたちに向かって青龍も歩み寄った。
「ほう。私の声が聞こえるようだな」
「三人ともな。なにか不都合でもあるかね?」
「肝が据わっているのか、ただの阿呆か。しかしそうか。私の声が聞こえるという事は貴様ら、異世界人の末裔か。なるほど、度重なるワイバーン共の襲撃。そして貴様らの出現。貴様らが私の死神というわけだな?」
青龍の言葉に、出てきた異世界人の末裔という言葉。
これを聞いて、ルーキスは合点がいったと言わんばかりに口角を歪めた。
自らを含め、フィリスやイロハの異常なまでの成長率。
厳しい修行もしたが、たかだか十七、八歳の少年少女とは思えない尋常ならざる戦力。
なんならイロハなどやっと十一歳になったところだ。
異世界人の中には化け物じみた力を持っている者がいたという話は本や口伝で言い伝えられている。
その末裔が自分たちだった。
その事実にルーキスたちはこれまでの旅を思い返して何故か納得してしまい、青龍に何も言えなくなっていた。
「お父様は私の願いを叶えてくれたのだな。それにこの忘れたくても忘れられぬ臭いと魔力の残滓。貴様らあの忌々しい吸血鬼の小娘の縁者でもあるのか。ふん。なるほどなクラティアめ、どこまでも私を馬鹿にする。まあ良い、私の名は、いや名乗るまでもないか。どうせ殺すしなあ」
「先生からお前さんを死なせてやってくれって言われてるんでな。俺は名乗るぜ? 自分を殺した相手の名前は知りたいだろう? ルーキス・オルトゥスだ」
「フィリス・クレール。アンタはお爺ちゃんの仇。戦う理由はそれだけで十分よね」
「イロハ・アマネです。お兄ちゃんとお姉ちゃんの敵は私の敵なので、戦うのです」
「悪いとは思わねえ。完全に私情だが、死んでくれ」
「ククク。ハァッハッハッハ! 良い顔をしよるな。よかろう、その気概に答えて名乗ろう。私の名はエテルノ。ヤレるものならやってみせよ矮小なる人間どもよ。どうせ生い先短い命だ。くだらぬ余生を過ごすくらいなら私は戦いの中で死にたい」
そう言って、青龍。エテルノは首をもたげて天に向かって咆哮を吐き出す。
見ていろ、と言わんばかりに。
「簡単に死ぬなよ人間ども! 私を楽しませろ!」
「行くぞ! 最初っから全力だ!」
「分かってる!」
「了解なのです!」
駆け出すルーキスたち。
そんなルーキスたちに向かって、エテルノは口を開いて光波熱線を吐くために外気と魔力を吸い込んでいく。
そして吐き出される熱線。
その一撃がこの戦いの幕を切って落とした。




