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転生したベテラン冒険者はセカンドライフを謳歌する  作者: リズ
最終章 二度目の人生を謳歌するために
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第161話 龍の谷

 荒涼とした、おおよそ生命が存在しているようには思えない平野を、ルーキスたちは歩いていた。

 視界には草木はなく、ごろっとした大岩や亀裂の入った地面が広がっている。


「殺風景で寂しい場所に見えるが、なんだこの濃い魔力」


「その魔力が一方向に向かって流れてるの、私にも分かるんだけど」


「感知が苦手なフィリスでも感じる魔力の流れ。そうか、龍の谷は魔力の循環点の一つなんだな」


「循環点?」


 大きな岩の上に腰掛け、休憩がてらに小腹を満たすために町で買った肉団子を頬張りながら、ルーキスは一帯の様子を眺めながら思い至ったことをフィリスに向かって話始めた。


「俺たちの体内を巡るように、この世界にも魔力が循環してるって話は知ってるか?」


「世界の地下に張り巡らされた地脈を魔力が循環してるって話なら、聞いたことあるわよ? 龍脈って言うんだっけ?」


「そうそう、それそれ。地下を流れる魔力は地中から発生して洞窟や火山から、または湧き水やらと一緒に地表に溢れて大気に充満している。さながら魔力の海の底。俺たちが住んでる世界はそんな世界だ」


「その魔力が流れ着く先が龍の谷ってこと?」


「吹き出し口が多々あるように、こういう場所は少なからずあるんだろうけどな。俺たちが知らないだけで」


「だから変な魔力の流れになってるわけね」


「多分な。本当にそうなのかは分からんがね。知ってるのは、神様くらいのもんだろうなあ」


 そう言って、ルーキスは空を見上げて流れの早い雲を、いや、更にその向こうにあるかもしれないあの場所、死んだ直後に訪れた白い空間と、そこにいた神との出会いを思い出していた。

 

(この世界を気楽に生きられる力をくれるって言ってたが。記憶を持ったまま転生したのがその力だったんだろうか? いや、この体の強度、成長率も前世に比べれば化け物じみている。更には死に別れた妻や息子とも再会した。それらを全部ひっくるめて、気楽に生きられる力だったのか?)


 誰かに問いかけるように、空を見上げたルーキスはそんな事を思い、転生してからの人生を、そしてこの旅の事を思い出していた。


(イロハのことでもある気はするな。イロハを助けて旅をして一緒に修行したからわかるイロハの強さの異常性。イロハが側にいるだけでも気楽に生きるには困らないもんなあ)


「お兄ちゃん。どうしたんですか?」

 

「遠くまで来たもんだなあって思ってな」


 ボケっと空を見上げて物思いに(ふけ)るルーキスを心配して隣に座っていたイロハが声を掛けた。

 そんなイロハに笑みを向け、ルーキスは娘にそうしてきたように優しく頭を撫でる。


「雲が早い。雨になる可能性もあるし、少し急ごうか。雨の中、渓谷を降るのは危険だからな」


「そうね」


 岩の上に立ち、伸びをして、荷物をまとめるとルーキスたちは岩から飛び降りて龍の谷へ向かって歩き始めた。

 その上空を小型のワイバーンがぐるぐる旋回しているが、いつまで経っても襲ってくる様子はない。

 自然界を生き抜く上で必須である生存本能。

 それが自分たちよりも遥かに強者であるルーキスたちに襲い掛かることを妨げているのだ。


「降りてきませんね」


「依頼用の素材狩りは帰りかな」


「ねえルーキス……いや、やっぱりいいや」


 ルーキスの「帰り」という言葉に、フィリスは一瞬考える。もし龍に負けて、死んでしまったら、と。

 しかし、前世を含めると百年ほど生きているだけあって、珍しく俯いて暗い顔をするフィリスが何を考えているかをルーキスは察していた。


「やめるか?」


 立ち止まったルーキスから放たれた一言に、フィリスが顔を上げた。

 ここで引き返せば絶対に死なない。

 これからも三人仲良く旅して暮らして、楽しい未来を過ごせる。

 だが、その未来は祖父母との約束と、祖父の願いを反故にして、仇討ちを誓った自分を裏切った先にある未来だ。

 その未来は平穏だろうが、どこかで必ず影を落とす、自分に嘘を吐き、自分の心を誤魔化し続ける未来。


「やめない。そんなの私じゃない。フィリス・クレールじゃない」


「そうか。君らしいよ。流石は俺が惚れた女の子だな」


 決意を新たにしたフィリスに前世の妻の姿を重ね、そんな妻の幻影に別れを告げるように、ルーキスはフィリスの目を見つめると手を繋いで再び歩き始めた。

 そんな二人の後ろから、今だけは何も言うまいと、気を遣って黙ってイロハがついて行く。


 しかし、ルーキスは振り返るとそんなイロハを手招いた。


「イロハもおいで」


「でも、せっかくお二人が仲良くしてるのに」


「気遣いは無用だ。俺たちは家族なんだからな」


「そうね。いつかは私たちの子供のお姉ちゃんになるわけだし。あれ? 前もこんな話したわね」


 ほんの少しの迷いすら振り払い、フィリスはいつもの笑顔をイロハに向けた。

 大好きな二人に言われては、イロハも遠慮は出来ない。

 イロハはルーキスの隣まで駆け寄ると、まだまだ小さな手をルーキスに伸ばした。


 三人並んで手を繋ぎ、荒野を歩いて進んでいく。


 そして辿り着いたレヴァンタール王国領の最西端にある大渓谷。龍の谷。


 強風が吹くその崖の下には、これまで歩いてきた荒野と隔絶したような世界が広がっていた。


 岩と砂ばかりの荒野と違い、谷底には深い森が広がっていたのだ。

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