第15話 ランクをあげるために
現在、ルーキスとフィリスは共に駆け出し冒険者であり、冒険者としては下の下。
正式な冒険者ではなく、見習いとして下積みを経験する段階である。
そんな駆け出し冒険者が正式な冒険者になる為にはある条件を満たさなければならない。
その条件というのは指定された魔物を一日で倒すという事だ。
「その対象が、魔物化した狼や猪、熊。もしくはゴブリンやコボルドってわけ」
フィリスが冒険者ランクの昇級について説明をしながらルーキスを伴い、依頼書をヒラヒラさせて受付へと向かっていく。
そんなフィリスの後ろで、ルーキスは説明に耳を傾けながらランク昇級制度について考えを巡らせていた。
(昔は若手が高額な報酬に釣られて依頼を受けて魔物の餌になるなんて話は山程あったなあ。その辺りを解決するために考えられた制度なんだろうかねえ。まあ確かに無謀な挑戦をさせるよりはコツコツ実績を積ませて、段階を踏んで強くなってくれた方がギルドにとってはプラスになるもんなあ)
「ちょっと。聞いてる?」
「ああ。もちろん聞いてるぞ? 昨日のゴブリンは俺の介入で依頼として達成扱いにはなったけど、昇級は認められなかったって話だろ?」
「ホントに聞いてたんだ。じゃあ良いや。という訳で、今日もゴブリン退治の任務を受けます!」
と、言いながらフィリスはゴブリン退治の依頼書を受付カウンターの上に勢いよく置いた。
「昇級任務ですね? 昨日も言いましたが、ゴブリンは狡猾な魔物です今日は罠にかからないように気を付けて下さいね?」
耳の長い金髪の美女、エルフの受付嬢にそう言われて、フィリスは恥ずかしさと昨日の失態を思い出して顔を赤くする。
その後ろで、ルーキスは苦笑して肩をすくめると、フィリスの横に立って「頑張ろうな」と言ってエルフの受付嬢に自分のギルドカードが入ったカードケースを差し出した。
それに続いてフィリスもカードケースをズボンの後ろポケットから取り出して受付カウンターの上に置く。
「フィリス・クレールさん、ルーキス・オルトゥスさん。ギルドカードの確認完了しました。では、ご無事で。神の御加護があらんことを」
自分のギルドカード、そして判子の押された依頼書を返されたのでそれを受け取り、二人は受付を背にしてギルドの出入り口へと向かった。
フィリスが扉を開け、ルーキスと共に外に出る。
「神様ねえ。そんなのいるわけないのにね」
エルフの受付嬢の祈りの言葉に苦笑しながら街の出入り口を目指して歩き出すフィリス。
そんなフィリスの斜め後ろに位置取りついて歩くルーキスは「そうかな? 俺はいると思うぞ?」とフィリスの言葉に、転生する直前の光景と姿の見えない声だけの存在を朧げに思い出しながら空を見上げて微かに笑う。
(あんたが神様だったのかは俺には分からんが、おかげ様で俺は冒険者になれたよ。聞こえることは無いだろうが、ありがとうな)
届く事はない神かそれに類する存在への感謝の思いを胸に、ルーキスはフィリスと共に昨日訪れた街の北のアーチ門へと歩いて行った。
そして二人はアーチ門を抜けて街の外へ。
昨日フィリスが戦った場所まで歩いて行く。
「馬車が出てたら良かったんだけど、タイミング悪かったかなあ」
「まあまあ。任務地まで歩くのも鍛練と思って」
「そう言えばアナタ私と同じ歳くらいなのに出鱈目に強いわよね。故郷で剣と魔法は習ったの?」
「いや。習ったのは錬金術だけだな。剣と魔法は独学だよ」
まあ独学というか、前世の記憶だがとは言わず。
ルーキスは故郷の近くの森での鍛練の内容を話す。
「十歳から森で? 親も連れずに?」
「そりゃあ親を連れては行けんだろ。森には魔物達もウロウロしてたわけだしな」
「そんな森に子供一人だけでアナタは行ってたのよね?」
「まあ暇だったしな。鍛練には丁度よかったし、父の蔵書の中にあった魔導書に書かれた魔法を色々覚えるためにも、森には良く足を運んだもんだ」
「それで戦えてるんだから、まあ嘘では無いのよね」
「こんな嘘ついても仕方ないだろ?」
それはそうと、苦笑するフィリスと談笑しながらルーキスは昨日馬車に乗って来た固い土の道を歩いて行く。
風が草を揺らし、二人の体を撫で、花の香りを運んでくる。
青空を四枚羽の鳥型の魔物が通り過ぎ、陽光をほんの一瞬遮って、二人の足元に影を落とした。
その鳥を見上げて視界を前方に戻そうとしたルーキスの目に、草陰からこちらを見ている真っ黒な双眸が映った。
動物、ではない。
昨日討伐した個体の同族だろう。
ゴブリンが目を細めてこちらを睨み付けていた。
「あれで隠れているつもりらしい。フィリス剣を構えろ、いたぞ」
「嘘。昨日より街に近いじゃない」
一瞬ルーキスの言葉に振り返ったフィリスだったが、ルーキスの視線の先の草むらが怪しげに揺れたのを見て、フィリスは腰に携えていた剣を抜いた。
それに続いてルーキスも腰の剣を抜くが、二人は街道から離れず、直線距離で一番近くに陣取れるようにゴブリンを睨みながら、街道をゆっくり歩いて進んでいく。
「しかし妙だな。昨日も感じた違和感だが、ゴブリンという魔物は基本的に森や洞窟、身を隠しやすい場所を好むハズなんだが。なんでこんな拓けた場所にいるんだか」
「詳しいのね。でも確かに、昨日依頼を受ける時ギルドの受付さんもなんか似たような事言ってたなあ。本来なら街の東門から出たところにある森に多く生息しているはずなのにって」
「棲家で問題が発生したか? まあ何はともあれ今はあの一匹に集中しよう。俺が援護するから、フィリスが前衛を努めてくれ」
「え⁉︎ 私が前なの⁉︎」
「いやまあ。俺が行くと一瞬で終わっちゃうし。そうなると君の経験にならないだろ。大丈夫、危なくなったらすぐ助けるから」
これから冒険者としてダンジョンにも挑戦する事になるであろうフィリスは、ルーキスから見ればまだまだ未熟。
ルーキスには前世の記憶と幼い頃から鍛えた体と魔法があるが、フィリスは本当の意味で駆け出しだ。
旅の最初に知り合った少女が倒れたなんて話、風の噂でも聞きたくない。
なので。ルーキスは少しばかりこの少女を鍛えようと思ってフィリスを前衛に配置したのだ。




