第157話 オーゼロで再び
湖畔のダンジョンを難なく攻略し、以前より遥かに良くなっていた宝箱の中に入っていた宝石や剣を売っ払い、宿に一晩泊まったルーキスたちは翌朝には宿を出た。
宿屋の夫婦らは寂しがったが、二人も以前のように暇というわけでもない。
長居はまた機会があればという事で、見送りもやんわり断ってルーキスたちは村を出る。
しかし、何故か荷台に座っているフィリスは不機嫌そうに膨れっ面を浮かべていた。
「納得いかないんだけど〜?」
「まだ言ってんのか? 仕方ないだろ、運が悪かったんだよ運が」
フィリスが不機嫌なのは昨日の散歩みたいなダンジョン攻略中の出来事のせいだった。
ダンジョンは多量の魔力を吸ったおかげか随分と魔物であるスライムの数が増え、種類も増えていた。
それだけでなく、ダンジョンに現れる宝箱にも変化があった。
一つ目を開けたルーキスは石貨と剣を手に入れ、二つ目の宝箱を開けたイロハは宝石を手に入れた。
では三つ目は何かなあと、意気揚々と宝箱を開けたフィリスが手に入れたのは瑞々しい、草。
雑草だった。
「なぁんで私だけまた雑草なのよ! 喧嘩売ってんの⁉︎」
「ダンジョンに嫌われたんじゃないか?」
「別に好かれたくはないけど!」
とまあ、そういうわけで。
価値がどうとかではなく、どう見ても環境が良くなっているダンジョンで三人のうちで自分だけがスカを喰らって、仲間外れにされた状態のようになってしまったのがフィリスには気に食わなかったのだ。
「今度は私も何か手に入れてやるわ」
「また行くつもりか? まあ別に止めやせんが」
「思えば私、今まで行ったダンジョンで何も手に入れてなくない⁉︎」
「おお。気づいちまったか」
「やだ。私って運悪過ぎ?」
「そうでもないだろ。俺やイロハと旅して色んな人と出会ったじゃないか」
「そういう概念的な事じゃないの!」
賑やかに話す三人を乗せて、馬車は街道を進んでいく。
そんな騒がしい馬車を、道ゆく冒険者や追い抜いて行った他の馬車に乗る商人は笑いながら見ていた。
そして夕刻、以前よりもゆっくりと休憩しながら進んだためか。
日が沈み、一番星が紫とオレンジのグラデーション掛かった空に浮かんだ頃、ルーキスたちは巨大な湖、星空湖の湖畔に広がるオーゼロの街に到着した。
「ちょっと遅くなっちまったなあ。宵空亭の部屋、空いてりゃ良いんだがなあ」
「ああ〜。あの宿ねえ。大丈夫じゃない? 前来た時も空いてたし」
フィリスの言う通り、以前訪れた際に宿泊した宿はお客はいたものの満室を心配するほどでは無かった。
その宿、宵空亭の近くに馬車を止め、宿の店主と再会の挨拶、荷物の運び込みも終わらせたルーキスたちはコートやら装備品を部屋に置き、シャツとズボンだけの軽装に着替えて、寝巻きを持って宿を出た。
この街の名物はその巨大な湖だが、もう一つ、この街オーゼロには温泉、公衆浴場という名物もある。
ルーキスたちはその湖が見える大きな温泉に向かったのだ。
「あー。やっぱり広い風呂が最高じゃ〜い」
あまりお客がいない、街でも特に湖に近い浴場で広大な湖が見える景色を、湯に浸かり、堪能するルーキスはスッカリ空の色を写して真っ黒になった湖に月が反射しているのを見つける。
「前ほど綺麗に星空は反射してないなあ。やっぱり前は運が良かったのか。とはいえ湖面は凪いでるなあ」
久しぶりの大きな風呂を堪能し、ルーキスが風呂から上がって着替え、浴場から外に出ると既にフィリスとイロハが待っていた。
寝巻きのシャツとズボンだけの軽装で、フィリスがイロハの髪を魔法で乾かしている。
「お。イロハ、母ちゃんに髪乾かしてもらってんのか」
「ですです」
「もう反論すら来ねえ」
「別に間違ってはないでしょ? イロハちゃんは娘みたいなもんだし」
思えばイロハと出会った直後にやってきたのがこの街だった。
丘で綺麗な景色を眺め、両親にその光景を見せたかったと泣いていた幼い少女。
そんな少女が一年ほどの旅と修行で、ワイバーンを単独で狩ることが出来るほどの成長を遂げている。
だが、まだまだ幼さは抜けきらない。
それもそうだ。
イロハはまだ十一歳で子供なのだから。
「なあ。前みたいに湖を散歩しないか?」
「あらいいわね。行きましょうよ」
「私も行きたいです」
風呂上がり、湯冷めしないように一旦宿に戻り、ルーキスとフィリスはコートを、イロハは少し小さくなってきた二人が初めて買ってくれたポンチョを羽織り、いつしか歩いた湖へと向かう。
そして、以前はルーキスだけが使えた水面を歩く水渡りの魔法を練習がてらに使い三人は星空湖の湖面を踏んだ。
「ま、魔力が拡散して安定しない」
「私は慣れたのです」
「イロハは空中に魔力で足場を形成出来るくらいには器用だからなあ。フィリスはイロハより出力はデカいが、まあちょっとアレだから」
「雑って言いたいわけ? その通りよ!」
とかなんとか言いながら、それでも波の小さい湖面を歩くことくらいは出来ているフィリスも、なんならそこらの魔法使いよりは魔力制御は圧倒的に上手いのだが、基準が転生したベテラン冒険者のルーキスと、天才少女イロハなので、どうしても霞んで見えてしまう。
しかし、そこは努力の女フィリス・クレール。
その事実に負い目を感じるどころか負けん気を発揮して、散歩を終える頃には足元の拡散する魔力を周囲から集めた別の魔力で抑えこむ力技で魔法を成立させていた。
「お姉ちゃんの歩いた後、氷が浮かんでるのです」
「反転した魔力の余剰分か。どんな出力だよ。こわ」
「だぁー! 疲れたあ! せっかくお風呂入ったのにまた汗かいちゃった。もう一回お風呂入ろ」
「お姉ちゃんが行くなら私も行きます」
「ありだな。せっかくの温泉だ。俺ももう一回風呂入るかな」
そういうわけで、ルーキスたちは再度風呂屋に向かうと夜の温泉を堪能し、宿に戻って爆睡。
目を覚ましたのは昼前だった。




