第155話 ハイスヴァルムでの再会
イロハがほとんど一人でワイバーンを倒したあと。
ルーキスたちは馬車に乗り、昼下がりに吹く心地よい風を感じながらハイスヴァルムを目指していた。
前世で師と仰ぎ、今世でもすっかり世話になってしまった師匠夫妻と再会した鍛治師の街。
霊峰セメンテリオの麓に扇状に広がるその街に辿り着いたのは翌日の夕方頃。
一日中、馬に荷台を牽引させては可哀想だと思い、休憩をしながら進んだ結果だったが、それが幸いしたか、その宿で一夜明かした翌日は朝から激しく雨が降った。
もし早くに街に辿り着き、買い出しだけ済ませて街を出ていたならば、出先で雨に降られていただろう。
「厩舎付きの宿、空いてて良かったなあ〜」
「せっかくミリーナさんに会いに行こうと思ったのになあ」
「行くか? 雨避けの魔法は使えるようになっただろ?」
「いや、いい。人との再会は晴れた日の方が縁起が良い。って、お爺ちゃん言ってたし」
「まあ確かに土砂降りのなか会いに行った日にゃ、まず心配されそうではあるな」
仕方なく。泊まった宿屋で一日過ごす事になったルーキスたち。
話をしたり、鍛練がてらに魔法で遊んで暇を潰し、眠くなったらみんなで昼寝をする。
宿の食事は質素だったが、三人で一緒に食べるなら、どんな豪勢な食事よりも美味しく感じられた。
約一年。
たったそれだけの間に体験したこと、その密度たるや。
ただの冒険者ならいったいどれほどの時間が掛かるのか。
そんな濃密な時間は、確かにルーキス、フィリス、イロハを家族といっても過言ではないほどの絆で結んでいた。
その日も三人仲良く川の字、いや、一番背の高いルーキスが真ん中で寝ているので小の字で寝て一夜を明かす。
次の日。
目覚めた三人は昨日の雨が嘘のような晴れ渡る空を見た。
流れる雲は少なく、今日は空気が澄んでいるのか、太古の昔に空の上で崩れた大地の欠片が見えた。
「じゃあ。ミリーナさんに挨拶したら街を出るか」
「そうね。で? そのあとはオーゼロを目指すの?」
「王都への街道を進んで、王都を通過すれば早いが。急ぎ、ってわけではないしなあ。俺は出来ればこの一年で旅した道を戻ってみたい気持ちがある」
「そうね。ティアの話だと仇のドラゴンは飛び回れるわけじゃないみたいだし。ゆっくり行きましょ」
馬車を宿に預けたまま、話をしながらルーキスたちは以前世話になったエルフ、ミリーナが営む鍛冶屋へと向かっていく。
「あの時買った武器やら防具、ロテアでぶっ壊しちまったこと謝んねえとなあ」
「鍛練でティアにボロボロにされちゃったもんねえ」
「ボロボロというより粉々なのです」
赤煉瓦の壁に緑色の屋根が特徴的なエルフの鍛冶屋、ミリーナ・リスタの武具店の前に立ち、顔を見合って苦笑するルーキスたち。
そんなルーキスたちが店の扉に手を伸ばした瞬間、中から扉が開いた。
ちょうど開店準備をしようとしたミリーナが中から扉を開けたのだ。
「あら? お客様かしら早いですねえ。あれ? あなた達」
「お久しぶりですミリーナさん。覚えておいでですか? 以前こちらでハルバードの修理を依頼した」
「覚えてますとも〜。妹の作ったハルバードを持ってらした冒険者さんですよね。また修理ですか?」
そう言って、ミリーナはルーキスの後ろに回り込み、担がれているはずのハルバードを確認しようとしたが、そこには妹が作ったハルバードの姿はなかった。
「こ、これは」
「申し訳ない。この店で買った装備品も、修理してもらったハルバードも今は」
「そんな事は良いのです! これ! この斧! 白い柄と刃に赤い魔石! ロテアに旅行した時に博物館で見た【クレセントノヴァ】の贋作では⁉︎ その精巧さから本物と同じくらい出来が良くて、入手なんて出来ないはずなのに、なんで」
「あー。いや、コレ本物なんですよねえ」
「いやいや。まさか、そんな」
ルーキスの言葉にミリーナは我に返り、ルーキスたちの正面に回り込む。
そんなミリーナがある事に気が付いた。
ルーキスたちの装備や着用しているコートや衣服がとんでもない逸品だと、鍛治師のミリーナは見抜いたのだ。
「ば、え? は? こ、これ。装備は全部アルティニウム合金製なんじゃ」
「ちょっと色々ありまして。見ます?」
そう言って、ルーキスは背中の相棒を手に持ち、ミリーナの目の前に差し出す。
装備を壊した代わり、というわけではない。
鍛治師なら何か、インスピレーションを受けたり武器造りの参考にでもなるかと思ったのだ。
しかし、改めてルーキスの斧を見たミリーナは、顔を赤くしたかと思った次の瞬間、なんとも言えない幸せそうな顔で気絶してしまった。
どうやら【クレセントノヴァ】の来歴を知る鍛治師には劇薬だったようだ。
「ちょっと。どうすんのよ」
「あーいやー。まさか気を失うなんて思わねえじゃん? どうしよう。とりあえず店の中に」
そう言ってミリーナを担ごうとしたルーキスを「ちょっと待ったあ!」と、フィリスが叫びながらルーキスを跳ね飛ばし、その行動を止めたかと思うとミリーナを担ぎ上げた。
「なあイロハ。俺の首折れてない?」
「大丈夫なのです」
まだ微妙に乾いていない石畳の道路に突っ伏したまま心配して近寄ってきたイロハに聞くと、ルーキスはよろよろと立ち上がる。
「恋人怖い」
「私以外の女の人の体を気安く触っちゃダメ!」
「子供の前でなに口走ってんの?」
「もう慣れたのです」
フィリスがミリーナを担いだまま店の中へと向かっていく。
その後ろを、コートを泥だらけにしたルーキスと呆れたように肩をすくめたイロハが続いた。




