第153話 ワイバーン討伐開始
ルーキスたちがペルラオフのギルドでギルドマスターから直接依頼を受けたあと、用意された馬車に乗ったルーキスは御者席に座って手綱を握り、馬車の揺れに身を委ねていた。
「ロテアに行くまでに乗った馬車が恋しい」
「確かに。乗り心地は決して悪くないんだけどねえ」
幌のない荷台を引く馬車に揺られ、ルーキスの指導で代わるがわる馬の手綱を握り、ハイスヴァルムへの道を進んで行く。
しばらくは他の馬車や同じ道を行く冒険者と追従したりして進んでいたが、とある宿場町で皆が皆、足を止めていた。
「ワイバーンが出没するのはこの先って事か。もうセメンテリオは見えてるってのになあ」
遠方に見える霊峰セメンテリオを眺め、夕刻の宿場町を宿に向かっていくルーキスたちは一泊したあと、装備を整えると馬車に乗り込み再び街道を進もうとした。
そんな時、ルーキスたちは他の冒険者パーティに呼び止められる。
「君たち進むつもりか? この先には最近、巨大なワイバーンが出没する。危険だぞ」
「ご忠告感謝します。しかし我々はペルラオフのギルドマスターからの依頼でそのワイバーンの討伐に来てますので」
「ギルドマスター直々に? まだ若いのになんでそんな無茶をさせるんだあのギルドマスターは」
アルバを知っているのだろう。
冒険者パーティのリーダーらしき中年男性は眉をしかめていた。
その男性に、ルーキスは心配を掛けまいとしてギルドカードを見せる。
「まあ簡単に負けるつもりはありません。危なくなったら逃げますので」
「上級⁉︎ 君たち三人ともか⁉︎」
「色々ありましてね。では、俺たちはこれで」
「あ、ああ。気をつけてな」
心配してくれた冒険者パーティに頭を下げ、ルーキスは馬車を発進させる。
その御者席で、ルーキスは以前ハイスヴァルムに向かう際にも似たような事があったなと、苦笑していた。
あの時助けたドライアドから貰ったイヤーカフは、長くなった髪に隠れてしまっているが、まだ耳に装着している。
あの時のことを思い出しながら、森を突っ切るための街道を進んでいくルーキスたち。
いつ現れるかも分からない。
もしかしたらワイバーンの機嫌が良くて襲ってこない可能性もある。
そんな考えは遠くから響いてきた咆哮ほうこうが掻き消し、同時にちゃんと現れてくれた事にルーキスは感謝して、馬車を止めて御者席から降りると「危ないと思ったら逃げるんだぞ?」とここまで連れて来てくれた馬に言って、荷物を担いでフィリスとイロハを連れて歩き始めた。
「荷物はこの辺りに置いておくか」
「盗られない?」
「ワイバーンに襲われる可能性を加味して盗みに来るなら逆にスゲェよ。でもまあ結界は張っとくか」
そう言うと、ルーキスは街道の側に生えている木の根元に荷物を置き、結界魔法を発動する。
そして、武器を手に再び歩き始めると、咆哮と翼を羽ばたかせる音が不規則に聞こえてきた。
「来たな」
「見えないわね」
警戒するルーキスたち。
しかし不意に、聞こえていた咆哮と羽ばたきの音が消えた。
静まり返る森を突っ切るための街道に、奇妙なほどの静けさが訪れたのだ。
鳥のさえずりも、小動物の鳴き声や気配も、風の音すら聞こえない静寂。
その静寂を破ったのはルーキスたち目掛け、森から木を薙ぎ倒しながら突撃してきたワイバーンだった。
「おお⁉︎ なんだコイツ!」
空を飛ぶ事に長け、空からの強襲を得意とするはずのワイバーンという種類の魔物。
しかし、突然森の中から現れた赤茶けた甲殻を持つ巨大なワイバーンはその太い脚で大地を駆け、ルーキスたちを強襲した。
「やっぱりだ! 私たちの村を焼いた竜! お前があ!」
街道の石畳を捲り上げ、突撃を避けたルーキスたちに向かって「グオォオオ!!!」と威嚇の咆哮を上げる巨大なワイバーン。
一軒家くらいならその巨体でのしかかって破壊出来そうな体から放たれた咆哮は、本来なら耳を塞ぎたくなるような物だったが、そんな咆哮をものともせず、身体強化魔法と雷撃魔法を体に纏ったイロハがまずは駆け出した。
一瞬で距離を詰め、ワイバーンの横っ面に握った拳を振り抜くイロハ。
しかし、その一撃は空を打った。
ワイバーンが旋回しながら尻尾を振ったのだ。
着地したイロハに街道側の木々を薙ぎ倒し、地面を削りながら大木のような刺々しい尻尾が迫る。
その尻尾を、イロハの前に立ったルーキスが真っ正面から相棒である大斧で打ち上げた。
跳ね上がる尻尾、痛みで吠えるワイバーン。
そんなワイバーンの足元にフィリスが駆け込んで巨体を支える脚を斬りつけた。
「硬いな。一撃で切り落とせんか」
「あ、ごめんなさい。お兄ちゃん私」
「謝ることはない。頭に血が昇るのは当然だ。その熱を持ったままそれでも冷ややかにコイツを殺す事だけを考えろ。フォローはしてやるから、思いっきりいけ」
「はい!」
ルーキスの言葉に答え、イロハは再び全身に雷撃を纏い、走り出す。
目指すはフィリスが斬りつけ、硬い甲殻を削いだ片脚。
尻尾を半ばまで切られ、怒り心頭のワイバーンはルーキスに顔を向けて口を開ける。
火炎を吐こうとしていたのだが、ルーキスはそんな彼に向かって意地の悪い笑みを浮かべた。
「足を止めたのは悪手も悪手。お前は飛ぶべきだったよ」
炎が吐かれる直前、ワイバーンの足元に駆け付けたイロハはその勢いのまま飛び上がり、後ろ回し蹴りをフィリスが甲殻を削いだ部位に正確にぶつける。
今や簡単に岩を砕くほどになっているイロハの一撃だ。
ワイバーンの脚は嫌な音を立てて折れた。
不発に終わった火炎放射がワイバーンの口内で暴発。
足の痛みと口内の痛みに怒り狂い、大きな羽根を広げて羽ばたき、上空に逃げるワイバーンは眼下のルーキスとフィリスに向かって再び火炎を吐こうとする。
「火炎勝負なら負けないわよ!」
お得意の火球を剣で打ち出す技を使うため、フィリスが剣を構える。
しかし、そんなフィリスをルーキスは待てと言わんばかりに手で制した。
「ここはイロハに譲ってやろう」
見ればイロハはワイバーンにしがみつき、一緒に空へと舞い上がっていた。
揺れるワイバーンの体躯を腕力のみでよじ登り、イロハはワイバーンの背中に立つと、渾身の力で拳を打ち下ろす。
痛みで体を反らすワイバーン。
そんなワイバーンにイロハは再び拳を打ち付けた。
同時にワイバーンの体に高圧の電流が流れる。
それにより飛ぶための魔力制御を乱され、羽ばたきも阻害されてワイバーンが落下を始める。
宙に放り出されるイロハ。
だがイロハは魔力で足場を形成すると、落下していくワイバーンに向かって加速。
落下していくワイバーンの頭に、イロハは身を翻し踵落としを喰らわせ、ワイバーンを地面に叩きつけたのだった。




