第146話 ロテアの街
ルーキスが軽口を叩いた事から師匠であるクラティアにボロ雑巾のようにされた翌日。
回復魔法を使っても芯に残っている疲れはあるものの、本日は鍛練が休みということで、ルーキスたちはロテアの街に繰り出していた。
出掛ける際にレグルスに「案内をつけようか?」と提案されたルーキスだが、それをやんわり断って今日は久々に三人水入らずでの観光だ。
「今までいろんな場所に行ったけど、ロテアは亜人種もたくさんいるわね」
「元はエルフやドワーフ、リザードマンや各獣人種が資源を求めてやって来た土地だからな。とはいえ未開拓地だった当時はこの盆地は魔物たちの巣窟、楽園だった」
すっかり文明化した街の様子を眺めながら、ルーキスは前世でこの地に暮らしていた頃を思い出していた。
盆地いっぱいに生い茂っていた木々は伐採され、代わりに山から切り出した石で作られた家屋や商店が並んでいる。
当時の面影は全く無いが、ルーキスの視界の彼方に映る山々だけは当時と何も変わらないように見えていた。
「よくそんな土地に根付いたわね」
「この盆地の地下には地脈が通っているから魔力は潤沢、山から得られる恵みもあるし、湖のおかげで水源にも困らない。更には霊峰セメンテリオと同じく、この山ではアルティニウムも採掘出来るとあれば、まあここで暮らしたくもなるわな」
「やけに詳しいわね。やっぱりベルグラント様の生まれ変わりだから?」
「さてどうかな。これらの情報は歴史書にも記されているし、二百年前のことなら覚えているエルフたちもいる。だがまあ敢えて言うなら、知ってる、としか言えないな」
そう言って、ルーキスは隣を歩くフィリスに向かって冗談ぽくニヤッと笑ってみせた。
その憎たらしくも愛らしい笑顔からでた答えに、フィリスは眉をひそめて軽く頬を膨らせ不服そうだ。
「フィリスも前世ではここで暮らしてたんだ。だからじゃないのか? 馬車の中でこの辺りの風景を懐かしいって言ってたろ」
「まあ確かに。似たような風景は見てきたはずだったけど。懐かしいって感じたのは初めてだったなあ」
クラティアから貰った服ではなく、いままで着てきた楽な服で、鎧も装備せず護身用に武器だけ持ってロテアの街を歩いていると、噴水のある広場に出た。
馬車などは通れない、坂と階段を登った先にあるちょっとした休憩場所だ。
階段を上がった先に噴水があり、その周囲に座るためのベンチと花壇、転落防止用の柵も設置されている。
そんな広場から、ロテアの城が大きく見え、反対側にあるコロシアムが小さく見えた。
噴水の真ん中にはロテアに来た際に見た別の噴水と同じで、ベルグラントとシルヴィアの白い石像が置かれている。
その石像に背を向けて、ルーキスたちが街の様子を柵にもたれ掛かって眺めていると、ロテアの住人だろうか、灰色の体毛に覆われた犬型獣人と青緑色の鱗が全身を覆ったリザードマンの男性の話がルーキスたちの耳に聞こえてきた。
「おい聞いたかよ祭りの話」
「おお聞いた聞いた。随分久しぶりじゃね? 陛下に挑むやつが現れるのって」
「なんでも次の対戦相手は陛下が探してた人物らしいぞ?」
「え⁉︎ おいそれって!」
「応よ。ロテアの祖にしてカサルティリオの吸血女王の弟子だったベルグリント様の生まれ変わりだって話だ」
「マジで⁉︎ いやでもなあ。生まれ変わりだっつっても戦えるかは分からんだろ?」
「あ、お前さては情報屋の話、聞いてねえなあ? なんと、その生まれ変わりの挑戦者、カサルティリオの吸血女王の現在の弟子らしいぞ」
「おいおい! そりゃすげえな! じゃあ今までみたいな陛下が素手で戦うようなハンデ戦じゃねえ闘いが見れるって事かよ! こうしちゃいられねえ! ツレらにも教えてやんねえと!」
そう言ってリザードマンの男が小走りで駆け出したので、獣人の男は「あ! おい待てよ!」と身を屈めて走り出した。
その会話を聞いていたルーキスは、コロシアムを眺めてため息を吐く。
「派手にやるってそういう事かい。決闘を祭りにしちまうなんてなあ」
「ロテアのお祭りは有名よ? 本来なら年に一回のお祭りの際にレグルス陛下に挑む者がいたら、その挑戦を受けて陛下と戦うの。勝てば大貴族、負けても内容次第ではお城で雇ってもらえるらしいわ」
「なんつう脳筋政策」
「まあ、負けた話なんて聞いたことないけどね」
「アイツらしいっちゃアイツらしいな」
「あー。いけないんだルーキス。陛下に対してアイツ、なんて」
「前世では俺たちの息子だ。別にかまやしねえよ」
その言葉に、フィリスが顔を赤くしたかと思うとすぐさま真顔に戻り腕を組んで首を傾げる。
「どうした?」
「いや。私たちの子供って聞いて一瞬ときめいちゃったんだけど。陛下の方が歳上だし、ちょっとなんか複雑な心境だわ」
「はっはっは。それは、俺もだよ」
フィリスの言葉に苦笑しながら答えると、ルーキスはフィリスとイロハを連れて再び街をウロウロと歩き始めた。
すると馬車や竜車が行き交う大通りの側の歩道で、台にのり両手で紙を掲げて何やら叫んでいる青年の姿をルーキスたちは見つけた。
「陛下に挑戦するレヴァンタールの冒険者、ルーキスオルトゥス氏! 我らがベルグリント様の生まれ変わりはかの国宝【クレセントノヴァ】を使えるという情報が入った!」
「陛下がお試しになって失敗したあの斧か」
「という事は、その冒険者は本当にベルグリント様の生まれ変わり」
見れば紙には転写の魔法で写し出されたルーキスの顔が写し出されていた。
ルーキスを下から見た角度、疲れた表情のフィリスとイロハもその後ろに小さく写っている。
その角度、距離から転写の魔法を使えた者はルーキスが知る限り一人しかいない。
「情報屋に情報流してるの先生かよ」
先程噴水広場で亜人種たちの話を聞いた時はレグルスが自ら情報を拡散しているのかと思っていた。
いや、もしかしたらそれもあり得る。
祭りを盛り上げるため、レグルスとクラティアなら手を組んで情報を拡散しかねない。
「転写で顔写されてんのは不味いな、バレたら騒ぎになるかもしれん」
「ルーキスの前世がベルグリント様だから?」
「そう言うこった。バレる前に帰ろう」
「そうね」
そう言って、元来た道を振り返って歩こうとしたルーキスたちだったが、振り返った矢先に狼型の獣人の青年とルーキスは肩をぶつけてしまった。
「あっと。失礼、申し訳ない」
「こっちこそすまない。不注意だった」
ペコッと頭を下げ、歩き始めるルーキスたち。
しかし、すれ違った狼型の獣人の青年は既にルーキスの顔が転写された紙を見ていたのだろう。
ハッと何かを思い出したように目を丸くし、獣人の青年はルーキスたちに振り返り「ルーキス⁉︎ ルーキス・オルトゥス⁉︎」と驚いて声を上げた。
その声に近くにいた全ての住人が獣人族の青年を、そして視線の先のルーキスの姿を見る。
情報屋の周囲の人垣から感じたのは追ってくる気配と追おうとする気配。
「に〜げろ〜」
遅かれ早かれこうなってはいただろうが、ルーキスたちはざわめく雑踏の間をすり抜け、走り抜け、ひと気のない路地裏へと一旦退避するのだった。




