第144話 修行は死ぬほどやるくらいが丁度いい
クラティアとミナス、レグルスに引き連れられて、ルーキスたちがやってきたのは城外に設けられた騎士や兵士たちの鍛練場。
鍛練場とは名ばかりの何もない空き地である。
その真ん中に、クラティアが二十代半ばくらいの見た目で肩に大鎌を担いで佇む。
「若くして龍種に挑まんとするバカ弟子たちよ。今日からしばらくお前たちを鍛え直してやるゆえ。感謝するがよい」
「まあそれは願っても無いですけど。レグルス陛下はなぜこちら側に?」
鍛練場の真ん中に佇む魔王クラティアと相対するように、ルーキスは再会した相棒【クレセントノヴァ】を手に。
フィリスは新たに手に入れた、やや幅の広い白い剣身に、柄や鍔に暗めの赤い装飾が施されたショートソードと、同じ色合いの片手用の盾を下げ。
イロハは新装備の手直し中という事で、手に馴染んだ装備で向かい合っていた。
その隣に、レグルスが愛用している幅広の鍔の無い、剣身に碑文が刻まれたロングソードを二本持って立っている。
「いやなに! 私も久々におばさまに稽古をつけてもらいたくてな!」
「てっきり俺と陛下が戦うものだと」
「それは後日だ! せっかくの出会いなのだから派手にやりたくてね!」
「派手に?」
「詳細は、内緒だ!」
「左様で」
レグルスの言葉に苦笑していると、円形の鍛練場をミナスが結界で囲んだ。
二重三重に張られた強固な結界だ。
城への被害を出さないための結界。
ミナスはそんな結界の外からルーキスたちに向かって手をヒラヒラと振っている。
「一斉に掛かってこい! ちょっとでも手を抜いてみよ! 殺す!」
「先生が言うと洒落にならねえ」
「はっはっは! では全力で行くとしようか!」
「むしろ一本取ってあげるわ!」
「頑張るのです」
こうして始まった第一回、ロテア王城に現れた魔王攻略戦。
結果はルーキスたちの惜敗。
クラティアのドレスの裾を切り裂き、薄皮に傷を付ける事は出来たが夕刻まで戦い続けたルーキスたちは、息も絶え絶えで鍛練場の真ん中に四人まとめて仰向けで倒れて天を仰いでいた。
「いやあ! 流石はおばさま! お強い!」
「まだまだ元気そうじゃなレグルス坊や。もう一戦やるかい?」
「無理です!」
まだまだ余裕と言わんばかりに、クラティアは鎌を放り投げ、レグルスの顔のすぐ横に突き刺す。
しかし、レグルスはクラティアが刺さないと分かっているのか、たんに避けるほどの気力は無かったのか、寝転んだままルーキスたちと同じようにオレンジ色に染まった空を見上げていた。
「今日はここまでじゃな。お主らは疲れを癒し、明日に備えよ。龍殺しを成したいなら、まだまだ鍛えねばならんからな」
「申し訳ないレグルス陛下。変な事に巻き込んでしまって」
「変なこととはなんじゃルーキス!」
「すみません。鍛練のことじゃないです」
「私は一向に構わない! 前世では両親だった君たちの願いとあらばなんでも手伝うさ!」
「良い子に、育ったな」
「現世の我が両親の教育の賜物だな!」
隣で寝そべる中年のおっさんの笑った横顔に、前世の息子、レナードの面影を重ねて言ったルーキス。
そんなルーキスにレグルスは声を上げて笑うと痛む体をゆっくり起こした。
「よし! 夕食といきたいが! まずは風呂だな! 大浴場に案内しよう!」
「おお。一国の王城の大浴場とは。普通に暮らしていては一生お目にすら掛かれない代物。失礼ながら堪能させていただきます」
「そうと決まれば! いざ行かん、我が自慢の大浴場へ!」
というわけで、よろよろ立ち上がると、ルーキスたちはレグルスの先導で城内へと向かっていった。
城に入る際、ルーキスたちはもちろん、レグルスまでボロボロになっていたので兵達は焦り、心配していたが、現れた女王は困ったように笑うとレグルスに寄り添ってルーキスたちを大浴場まで案内する。
城の大浴場ともなると大きな街の公衆浴場ですら及ばない広さと綺麗さで、半円型の浴槽などは大人が十人入ってもまだまだ余裕はありそうだ。
そんな浴室の中で担当の従者に服を預け、レグルスとミナスは広い浴槽に向かっていく。
しかし、ルーキスは誰かに着替えを手伝ってもらうなどは、前世で体が不自由になった時と、今世の幼少期以来だったので、恥ずかしくなってしまい、まごついていた。
「あ、いや。お気持ちはありがたいのですが、自分で出来ますので」
「いけません。大事なお客様で、更には陛下のご友人とあればしっかりお仕えします。さあ、お召し物をこちらに」
「じゃあ、すみません。お願いします」
我が王の友のためなら。
そういう発言をする従順で実直で頑固な人間と意見が対立した場合、対話は平行線を辿りがちだ。
こうなると、どちらかが折れなければお互いに時間を浪費する事が分かりきっていたので、ルーキスは従者の男性に手伝ってもらいながら服を脱ぐと浴室の壁に立て掛けている斧意外は全て預けた。
「では浴室のお側へ、お背中流させて頂きます」
「ああはい。よろしくお願いします」
こうして鍛練後の汗を流し、疲れを湯に浸かって癒している間にルーキスたちは談笑する。
これがルーキスたちがロテアの王城に滞在している間のルーティンの一部になる事になった。
朝起きて、昼食まではゆっくり過ごし、昼からは師匠にズタボロにされるまで鍛練を続け、そして疲れを癒して寝る。
いつしかハイスヴァルムで稽古をつけてもらった時よりも激しい鍛練は、次第にだが確実にルーキスたちの戦力を底上げしていった。
そして数日経ったある日の鍛練を境に、クラティアが武器による戦闘だけではルーキスやフィリス、イロハ、レグルスの攻勢を抑えきれなくなってきたか、遂に魔法も解禁。
ルーキスたちは幾度か死にそうな目に合うことになるのだった。




