第143話 ロテアの鍛治師
ルーキスがフィリスにプロポーズをした翌日。
昼食を終えて客間でくつろいでいると、レグルスの抱える鍛治師の男がルーキスたちを尋ねてきた。
「お初にお目に掛かる。レグルス様からの御依頼で伺いました。私はレギン・ヴィンダー。代々ゼファー家に仕えてきました、言うなれば宮廷鍛治師でございます」
レギンと名乗った男はルーキスよりやや背が低く、しかし短足というわけでもない、宮廷鍛治師というだけあって身なりはいい。
太って見えるが、それは身長に合わない軍服のような正装を着用しているからで、なぜそんな服を着ているかというのは妙に発達した胸筋と腕の筋肉から予想は出来た。
口元を覆うほどの顎髭は伸びているがしっかり整えらていて不潔感は全くない。
そんな彼の名に、ルーキスは聞き覚えがあった。
「ヴィンダー! アウルの関係者か⁉︎」
アウル・ヴィンダー。
それはルーキスの前世、ベルグリントの友で亜人種であるドワーフの名前だった。
更に言えばアウルはルーキスがレグルスから譲り受けた【クレセントノヴァ】を製造した人物でもある。
「書物に残っていない祖父の名をご存知とは。どうやらベルグリント様の生まれ変わりだというのは本当らしいですな」
「ああいや。まあ、それはそうなんですが」
ルーキスが前世の記憶を持っている状態を隠していたことを忘れる程の衝撃的な出会いだった。
友であったアウルは武具製造に命を掛けると豪語していた職人気質の無骨な男で、女性に興味を示さず、朝から晩まで鉄を打っていたような人物だったからだ。
(あいつ、なんだかんだでちゃんと結婚とかしたのか。はあ〜。分からんもんだなあ)
前世の友人の顔を思い出しながら、ルーキスはレギンの姿を見た。
確かにドワーフが祖父というだけあって姿はそれらしいが、それにしては背が高い。
なんなら耳などはどちらかというとエルフのように尖っているが、エルフよりは短い。
「珍しいでしょう。祖父はドワーフでしたが、祖母はエルフだったのです。父がエルドワーフ、母は人間なので、私はクォーターエルフであり、クォータードワーフという事になります」
「じろじろと申し訳です。しかし、そうですか、それはなんというか。確かに珍しい」
客間の扉付近で立ち話もなんだからと、ルーキスはレギンを招き入れるとフィリスとイロハが座っている部屋の中央のソファへと向かった。
その途中で、ルーキスはアウルとの会話を思い出していた。
(エルフは好かん! とか言ってたのに、俺が死んだあとマジで何があった?)
ルーキスに先導されてやってきたレギンに、ソファに座っていたフィリスとイロハはソファから立ち上がるとペコッと二人して頭を下げる。
「宮廷鍛治師のレギン・ヴィンダーさんだ。昨日選んだ装備を手直ししてくれるらしい」
「おー。筋肉ムキムキなのです」
「こらイロハちゃん。そういう事言わないの」
フィリスとイロハのやり取りを見て、レギンは気を悪くするどころかその綺麗に整えられた髭を撫でると、ニコッと優しく微笑んだ。
「この度装備の手直しをさせて頂きます。作業に掛かる前にベルグリント様の生まれ変わりであるルーキス様、シルヴィア様の生まれ変わりであるフィリス様、そしてご息女のイロハ様には挨拶をと思い、馳せ参じた限りです」
「イロハちゃんが娘? まあでも確かに妹よりは娘みたいには思ってるけど」
レギンの言葉に腕を組み、首を傾げたフィリスにイロハが抱きついて笑みを浮かべた。
どうやら嬉しかったようだ。
「こうして巡り会えたのも何かの縁。祖父は亡くなってもういませんが、存命の祖母にはいい土産話が出来そうです」
「生まれ変わりとはいえ記憶はなし。土産になりますか?」
「国祖夫妻の転生体と話をした。これ程の土産話がありましょうか。きっと祖母メリッサも喜んでくれるでしょう」
「メリッサ。メリッサ・ルネ・リエスタ」
レギンから出た名前に、ルーキスは友人であるアウルに最も近しい知人の名を思い出して呟いた。
もっとも近しいとはいうが、アウルとは仲が悪かったエルフの女性の名前だ。
ベルグリントやシルヴィアと魔物を狩るためにパーティを組んでいたメリッサ。
アウルとメリッサの関係は知り合いの知り合い、会えば憎まれ口を叩き合っていた。
(あの二人がくっついた? いや、まさかなあ)
「おや? 祖母の旧姓すら知っておられるとは。流石はというべきでしょうか」
「(ええー! まじでえ⁉︎ あの二人の孫なのお⁉︎ 目を合わせれば喧嘩してたあの二人のお⁉︎)ああいやあ。なんかこう、頭を過ぎったあ。みたいなあ」
動揺を隠すため、必死に作り笑いを浮かべるルーキス。
このあとも、家族の話をレギンから聞いては笑いを堪えたり驚きを堪え、ルーキスはお礼と言わんばかりにフィリスとイロハとどんな旅をしてきたかを話す。
しばらく談笑したあと、レギンは仕事のために部下の女性を呼び、別室にて男性陣と女性陣に別れて採寸を開始する。
そしてこれを終え、自室に戻ってきたルーキスたちを、室内で優雅に紅茶を飲んでいたクラティアとミナス、レグルスが迎えた。
「何、してるんです?」
「茶じゃ」
「それは見れば分かります。なんでこの部屋でやってるか聞いてるんですよ」
「そりゃあ! 今から君たちと鍛練するためさ!」
「ああ。まあ、そうですよね」
レグルスの声に、ルーキスは苦笑を浮かべる。
こうして、ルーキスたちは師匠夫妻とレグルスに連れられて城外の鍛練場へと向かうのだった。




