第13話 今日の予定はどうするか
翌朝、窓から差し込む朝日でルーキスは目を覚ました。
体を起こして欠伸を吐くと、目を擦って薄っぺらい掛け布団を足元に追いやり、ベッドから降りて靴を履き立ち上がる。
そのまま部屋の壁際に置かれている背の低いタンスの場所まで向かい、その上の金タライに水の魔法で水を貯め、顔を洗うと「ふう」と一息ついた。
そんな時、ルーキスの部屋の隣の部屋から何やら音が響いた。
フィリスの部屋からドタッと何かが落下した音が聞こえたのだ。
直後、バタンと扉の開く音が聞こえたかと思うとバタバタと足音が近付いてきて、ルーキスの部屋の扉が開いた。
現れたのはもちろんフィリスで、起床した直後だったのか、綺麗な赤髪はボサボサで服も寝間着なのか、シャツと短パンのみで随分と薄着だ。
昨晩と同じく顔面は蒼白。
どうやらフィリスの部屋で寝ていたのか、シルキーがフィリスの肩に目を瞑ったまましがみ付いていた。
「ちょ! これ、この子!」
「やあおはよう。よく眠れたか?」
「おはよう、じゃないわよ! 起きたらこの子が私のベッドで寝てたんだけど⁉︎」
「そっちの部屋が寝床だったってだけだろ。よかったじゃないか」
「心臓に悪いってば!」
朝早いからか、まだ寝ているであろう宿屋の家人を起こさないように気を遣っているのか、叫びたいのを必死に抑えてフィリスが自分の背にしがみ付いているシルキーを指差しながらルーキスに涙目で訴える。
「ははは。まあまあ、それより年頃の女の子がそんな薄着で男の部屋に来るもんじゃ無いぞ?」
ルーキスにそう言われて、少し冷静になったか「薄着ってどこが」と下を向いて自分の格好を確認したフィリスは顔を赤くすると、入ってきた勢いと同じくしてルーキスの部屋から飛び出して行った。
「はっはっは。元気な子だなあ」
ルーキスも下はズボンを履いたままだが、上半身はインナーを一枚着用しているだけだ。
寝る直前に脱いだシャツはバックパックに突っ込み、中から濃い青色のシャツを取り出して着用するとバックパックに立て掛けていた剣を手に取り腰に携えた。
「さてさて。今日はどうしようかねえ。初めて寄った街だが、フラフラするのは後にして、まずは小銭を稼ぎに行くかね」
窓際に立ち、顎に手を当て差し込んでくる朝日に目を閉じて今日の方針を呟くと、ルーキスはテーブルの上に置きっぱなしにしていた回復薬が入った壺を手に取ると小脇に抱えて部屋を出た。
階段を降りる為にはフィリスの部屋の前を通り過ぎなければいけないのだが、扉の前に差し掛かった際にドアノブが微かに動いた気配を察知したのでルーキスは咄嗟に後退る。
直後、昨日と同じ革の装備に身を包んだフィリスが廊下に飛び出してきた。
革装備の下は昨日の白いシャツと黒い長ズボンでは無く、薄い赤色のシャツと白いズボンだ。
今から洗うのか、はたまた宿の家人に洗ってもらうのか、手には昨日着ていた服とズボンを丸めた物が抱えられている。
「ねえ、この子離れないんだけど」
「気に入られてるんだろ。実害はないから別に構わないだろ? シルキーはこの宿からは出てこないんだから」
「いや、まあでも、うん、え〜?」
フィリスにしがみ付いているシルキーはすっかり目を覚ましたようだ。
先程まではしがみ付いていたのに、今は彼女の周りを楽しそうにふわふわ漂いながら微笑みを浮かべている。
そんなシルキーに少しずつでも慣れてきているのか、フィリスは困った表情を浮かべるが、可愛らしいシルキーの顔を見たあと、気に入ってくれていると聞いて、満更でもないと言いたげな笑みを浮かべたりで忙しそうに百面相をしていた。
「あ〜。そういえば、朝食はどこで食べるんだ?」
「あ、ああ。それなら私も今から行くから、一緒に行きましょう」
ルーキスの言葉に気を取り直し、フィリスはシルキーとルーキスを引き連れて階下に赴くと受付カウンターと一階の部屋の間にある廊下を曲がって進んでいった。
その廊下の突き当たりにある扉を開くと、どうやら隣の家屋に繋がっているのか、宿の外観からは想像出来ない、少し狭い酒場に足を踏み入れる事になる。
「へえ。酒場と繋がってるのか」
「昨日受付してくれたおじさんの奥さんが切り盛りしてるのよ。私の朝のおすすめは、ハムたまごサンドイッチよ」
「あ、それは美味そうだな」
酒場といえど朝っぱらから酒を飲む客がいるわけもなく。
フィリスが入った扉から見て右側にあるカウンター席に腰を下ろしたのでルーキスは一つ席を開けて座った。
「おはようフィリスちゃん。で、君が昨日ウチに泊まった少年だね?」
話し声を聞いてか、カウンターの奥のキッチンから少し肉付きの良い中年の女性が現れて腰に手を当て二人を交互に見た。
「ルーキスと言います、よろしく」
「あたしゃ、この酒場を仕切ってる女主人、メリダだ。よろしくね」
「メリダさん、ハムたまごサンド私と彼の分二つお願い」
「任された。しばらく待ってな。とっておきを持って来てあげるからね」
メリダと名乗った酒場の女主人は、胸をドンと叩いたあと、エプロンのポケットから取り出した三角巾を頭に巻き、キッチンの方へと消えていった。
「あなたは今日どうするの?」
「ギルドにこれを売りに行く。そのあとは別に考えてないな」
「そ、それなら依頼を一緒に受けない?」
「俺の力でランク上げをしようって?」
ルーキスの言葉に図星を突かれ、吐血しそうな程の精神的なダメージを受けたフィリスは「ヴ」とカエルの魔物を大槌で叩き潰したような声を口から捻り出して体を振るわせた。
「はっはっは。君は正直者だな。別に構わないよ、どうやら街を跨ぐ依頼や、ダンジョンへの挑戦は駆け出しでは出来ないみたいだからなあ」
昨日ギルドで渡された注意事項が記載されていた書類に書いていた一部を思い出しながら、ルーキスは苦笑する。
「本当! ありがとう! 助かるよ〜」
「君の目的は聞いたしな。お爺さんの遺品、見つかると良いな」
そう言ってルーキスは微笑み、そんなルーキスにフィリスも微笑むが、そんな時にフィリスに憑いてまわっているシルキーがルーキスとフィリスの間にある椅子をすり抜け、下から生えてきた。
その様子にフィリスは昨晩のように「ギャッ!」と、幽霊を見たように短い悲鳴をあげ、そんな二人を見てルーキスは声を上げて笑うのだった。




