第136話 ロテアに向かって
新しい衣服を身にまとい、ルーキスたちはレストランを出た。
何やら支配人に注文していた時、クラティアはルーキスたちの衣装だけを頼んでいたわけでも無いらしい。
レストランを出たルーキスたちを馬車が店先で待っていた。
どうやらレストランの所有する馬車のようで、その外観は艶のある黒塗りで箱型荷台の明らかに高級ですと言わんばかりの馬車だった。
正装に身を包んだ馬車の御者の男に荷物を預け、御者が荷物を馬車の天板に乗せている間にルーキスたちは馬車に乗り込む。
「さあ出発じゃ。目指すはロテア。我が弟子ベルグリントの子孫が興した国じゃ」
「うう。王様との謁見かあ、緊張するなあ。ねえルーキス」
「ああ〜。うん、まあなあ」
ソファのように座り心地の良い座席に腰を下ろしたクラティアの言葉に、フィリスはクラティアの対面に座りながら言うと、ルーキスに同意を求めた。
しかし、ルーキスからしてみれば子孫との邂逅でもある。
緊張といえば緊張かも知れないが、他国の王と謁見するような緊張感はどうにも持てなかった。
「準備整いましたので、出発致します。ロテアへの到着は明日の昼頃を予定しております。今晩は途中の町で一泊する事をご了承下さいませ」
「うむ。頼むぞ」
御者席と荷台を繋ぐ小窓を開き、準備を終えた御者が声を掛け、クラティアが返事を返すと、馬車はゆっくりと走り出した。
それと同時に、ルーキスは何やら魔法が発動したのを感じて辺りを見渡す。
「馬車に付与魔法。重量軽減、耐風障壁、馬への身体強化、荷台にも強化魔法を?」
「ほう。見抜くか。転生者らの技術の一つを馬車の足回りに施して、揺れを軽減したらしいが、どうにも強度の再現が叶わなかったらしくてな。苦肉の策として各種魔法で無理やり強度を維持しておるらしいぞ?」
クラティアの説明に、ルーキスは興味津々といった様子で馬車の内装を眺めた。
見れば確かに装飾に溶け込むようにして付与魔法を内包した魔石が散りばめられているのが分かる。
「確かに全然揺れない。部屋の中にいるみたい」
「おかげで茶も飲めるというものよ。まあ、持ってきとらんがな」
フィリスの言葉に冗談ぽく笑うと、クラティアは足元の自分の影に手を突っ込んだ。
そしてその手で何かを探すように影をまさぐり「お、あったあった」と幼い見た目に相応しい笑顔を浮かべて影から手を抜く。
その手には、持ってきてないと言っていたはずのティーポットとカップが握られていた。
どうやらポットの中に茶葉も入っているらしい。
クラティアが火と水魔法を応用した熱湯を出す魔法でポットの中にお湯を注ぐと、紅茶の香りが漂ってきた。
「ティア、僕にもちょうだい」
「ほれ。口を開けよ」
「ポットから直飲みさせようとしないで!」
こうしてルーキスたちを乗せた馬車はロテアに向かって通常の馬車より倍近い速度で街道を進んでいく。
しかしその乗り心地は決して悪くはなく、快適と断言できるものだった。
旅程は御者の言っていた通りに進み、ルーキスたちはその日の夜は街道に沿って広がる町で一番高い貴族御用達の宿に泊まることになった。
カサルティリオの駐留部隊がやたらと宿の辺りをウロウロしているのは、誰が泊まっているか知っての事だろう。
師匠夫妻とは別の個室でその様子を眺めていたルーキスは苦笑を浮かべていた。
「国王が自由奔放だと、兵の皆さんは大変そうだなあ」
「でもなんだか楽しそうじゃない?」
「まあ正直な話、守る必要なんてないからなあ」
「先生たちはここにいる誰よりも強いのです」
二階の個室の窓から見下ろす駐留兵たちは見回りこそしているが、緊張感は感じられない。
などと思っていると、隣の部屋の窓が開き、クラティアが身を乗り出したのがルーキスとフィリスの視界に入った。
「こらぁ貴様らぁ! 腑抜けた態度で警備しとるなよ! 次の演習でぶち転がすぞ!」
「も、申し訳ありませぇん!」
鶴の一声というか、吸血鬼の一声で、駐留兵の顔に緊張が走っているのが、暗くても光る魔石の街灯に照らされてルーキスとフィリスからはよく見えた。
そんな様子に苦笑していると、ルーキスたちの泊まっている部屋の扉がノックされる。
「開いてますよ?」
「いやあティアがごめんね、うるさくて」
ルーキスの言葉を合図に開いた扉から、青年の姿のミナスが顔を出して申し訳なさそうに眉をひそめて言ったので、ルーキスは「大丈夫です」と苦笑して返事をした。
「ティアにはちゃんと言っておくから、ゆっくり休んでくれ。じゃあ三人とも、おやすみ」
「はい。おやすみなさい先生」
「「おやすみなさい」なのです」
やや疲れた表情のミナスを見送り、ルーキスたちはしばらくくつろいだあと、新しい服からいつもの寝間着に着替えて三人並んで眠りについた。
その翌朝、とても疲れている様子のミナスと、やたらと艶々して顔色の良いクラティアと朝食をとり、準備をすると、一行は再び馬車に乗った。
しばらく進んでいると、ルーキスたちはミナスが微かに揺れる馬車の座席で眠ってしまっていることに気がつく。
そんなミナスをクラティアが抱き寄せ、自分の膝にミナスの頭を乗せて膝枕をしたのを見てルーキスたちは微笑んでいた。
「さて、今日中にはロテアに到着するが、ルーキス外を見てみろ、何か感じぬか」
「何か? ですか?」
言われるままにルーキスは馬車の窓から外の景色を眺める。
見えるのはエメラルドのように輝く新緑の山や花が咲く広い平原、澄んだ空とその空を漂う白い雲。
二百年。
ルーキスが生まれ変わるまでに経過した年月であるが、見た景色にルーキスは覚えがあった。
「綺麗でのどかで、どこか、懐かしい景色ですね」
「そうか。ふふふ、懐かしいか」
長い時間が経てば色々な変化があるものだ。
ルーキスが生きた時代に交流があった人間は誰一人として残っていない。
まあ、クラティアとミナスは別だが。
しかし、長い時間が経っても変わらないものがある。
多少の変化はあれど、ルーキスは久々に見た故郷の近くの山々の形を確かに懐かしく感じていたのだった。




