第134話 港町で
いままで旅をしてきた大陸を離れ、ルーキスが前世で暮らしていた大陸、サウスリークに海を渡ってやってきたルーキス一行を、幼い姿の師匠夫婦が迎えた。
ルーキスが予想したよりも遥かに早い再会に、困っている一方で、クラティアは早速カサルティリオの居城に弟子たちを案内しようとするが、その招待をルーキスは断る。
「なんじゃツレんなあ。とはいえそうじゃな。お主なら先に行きたいのはロテアよな」
「申し訳ないです先生」
「構わんよ。ロテアでの用を済ませたら、引きずってでもカサルティリオに連れて行ってやるからな」
「行きますから。引きずるのはやめてください」
船から離れ、ふらりと立ち寄った海の見える明らかに高級そうなレストラン。
どうやらクラティアの正体を知っているらしいウェイターが、大急ぎで奥に向かったかと思うと、店の支配人なのか初老のスーツを着た男がウェイターやウェイトレスを数人引き連れて早歩きで現れた。
「両陛下! ようこそおいで下さいました! 御来店ありがとうございます。お、お言い付け下されば迎えを寄越したのですが」
「よい。いつものテラス席は空いておるな? こやつらは妾の弟子じゃ、ドレスコードには目を瞑れ。しばし歓談に使うでな。軽く食べられる物を頼もうかね」
「お、お弟子さまですか⁉︎ わかりました、直ちにお食事の準備を致します」
クラティアの言葉を聞いて、スーツの男は指示を出すとウェイターやウェイトレスは早足で仕事に取り掛かった。
その様子を見ていたルーキスたちは、赤い絨毯の感触をブーツ越しに感じながら、煌びやかな魔石で飾られたシャンデリアを見上げて冷や汗を浮かべていた。
「あの、先生」
「気にするでない。この町に来たらこのレストランで食事をするのが妾の定番なわけよ。味は保証するぞ? この店のクリムゾンロブスターの蒸し焼きは最高に美味じゃからな」
「クリムゾンロブスター! 聞いたことあるわ。身がプリップリで最高に美味しいって噂の高級食材よね⁉︎ 一尾で並の武具一式なら揃うほどの価格って聞いたことあるわ」
クラティアの言葉に食いついたのは、ルーキスと同じようにレストランの内装を眺めて冷や汗を浮かべていたフィリスだった。
そのフィリスの言葉に、スーツを着た支配人の男性が自慢げに胸を張る。
「流石は陛下のお弟子さま。よく知ってらっしゃる。当店のクリムゾンロブスターはシェフ自ら選んだ超一級品。その価値は海のルビーの名に違わぬ至高の」
「それは良く分かっとるから、はよう席に案内せい。立ち話をさせる気かい?」
「も、申し訳ありません! こちらです、どうぞ皆さま」
支配人の言葉を遮ったクラティアの言葉で、支配人を先頭にルーキスたちはレストランの二階にある赤いロープで仕切られていたテラス席に案内された。
港とは違い、そのテラスからは白い砂浜と青い海、青い空、綿のような白い雲が見えた。
「おー」
「綺麗な景色ねえ」
二階席とはいえ高台にあるため、眼下に海と砂浜を見下ろし、海を眺める事が出来るその場所で、ルーキスたちは感嘆の声をもらす。
その様子を横目に見て微笑んだクラティアは、ミナスと共にテラスの真ん中にあるテーブルに腰を落ち着けた。
「このレストランはベルグリントとシルヴィアが死んで随分と経った後に建築させた物でな。場所を指定したのは妾なのじゃ。どうじゃ? 良い場所であろう?」
「ベルグリントさまたちにこの景色を見せたかったのね。それはなんて言うか、残念だったって言うのもなんか違う気がするけど」
「気にするでないよフィリス。妾の願いは、叶ったよ」
「そうなの?」
「新しい弟子たちには見せてやれたからな」
そう言ってクラティアは優しく微笑みを浮かべ、テラスの柵の側でこちらを見ているルーキスとフィリスにベルグリントとシルヴィアの姿を重ねていた。
「さて、では話を聞かせてくれるかい? 妾たちと別れたあとの話をな」
「そうですね。楽しい話かは分かりませんが、聞いてもらいます」
言いながら、ルーキスはフィリスとイロハを伴ってクラティアとミナスが座っている丸テーブルの椅子に腰を掛けると、ハイスヴァルムを発ったあとの話を聞いてもらった。
旅の途中、立ち寄った村のこと、討伐した盗賊団のこと、寒冷期をどこでどうやって越えたか、そのあと辿り着いた薔薇の森で何があり、何を知ったか。
「そうか、フィリスの祖父はドラゴンに」
「確かにアルティニウムで製造された武器なら、ドラゴンの強固な鱗や外皮といえど貫けるだろうねえ」
「それで、ベルグリント……さまが使っていたバトルアックスを使わせてもらおうかと思って、それでロテアに」
そこまで言ったルーキスに、フィリスが目を丸くして「え? 考えがあるってそういう事⁉︎」と声を上げた。
「あれ。言ってなかったっけ?」
「もしかしたら武器が一つ手に入るかも、とは言ってたけど。まさか伝説の戦斧に手を出そうとしてたなんて」
「伝説?」
「知らないの? 振るものを選び、資格の無い者には触る事すら許さない、意思持つ神造兵装。バトルアックス【クレセントノヴァ】の話よ?」
「はい? いや、その話は本で読んだことあるけど。ええ? ベルグリントの斧の話だったのか」
んん〜? 俺の使ってた斧ってそんなだったっけ? と、声を上げそうになるのを堪え、ルーキスは説明を求めてクラティアとミナスを交互に見た。
しかし、クラティアは笑いを堪えるのが精一杯で説明どころではなさそうだ。
見かねて説明を始めたのはミナスだった。
「ベルグリントの斧に限らず多量のアルティニウムが使われた武器にはいずれ意思が宿る。これは正直僕らもまだ全容を把握しているわけではないんだけど、どうやら中には長い年月を掛けて自我を取得する物があるみたいなんだ。意思疎通が出来るとかそういうわけではないみたいだけどね」
「妾の弟子、ベルグリントが愛用している間にも意思は宿っていたのかもしれん。とはいえ使っていた本人からすれば分かるわけもないわなあ。製造されてからずっと使っておったわけじゃし」
そんな話をしていると、ウェイターやウェイトレスが料理を手にテラスに現れ、ルーキスたちのテーブルにそれぞれ料理を並べ始める。
そして、テーブルの真ん中には話題に出ていたクリムゾンロブスターの蒸し焼きが置かれ、真っ黒な真珠のような目がルーキスを見つめるのだった。




