第131話 ロテアを目指して
死者の泉での再会で、フィリスの祖父の死に場所と理由を知ったルーキスたちは次の目的地を冒険者の聖地、ロテア王国に定めた。
死者の泉が存在する薔薇の森の近くにある、レヴァンタール王国騎士団の駐屯地で一日ゆっくり休んだルーキスたちは、その日、地図で現在地を確認すると、ロテア王国のある大陸に渡るため、まずはこの大陸の南に位置するレヴァンタール王国最大の海洋都市【ペルラオフ】へと向かうことに決める。
そして翌日の朝、ルーキスたちは世話になったガレアや騎士たちに別れを告げると南に向かって旅立った。
「さて。ペルラオフまではどれくらいで辿り着くかねえ」
「道無いもんねえ。ここからペルラオフって」
「幸い山を登ったりはしなくてすみそうだが。まあ、のんびり行こう」
「そうね。急ぎってわけじゃないし」
ルーキスたちの現在地である薔薇の森周辺は荒涼とした平原が広がっている。
住めなくはなさそうであるが、禁足地が近く、辿り着くまでの街道も未整備で、他の街や村までが遠い事もあり全く開拓が進んでいない。
単純な話、道が無い。
快適な旅とは程遠い。
地図だけを頼りにルーキスたちは海を目指して南へ南へと向かっていく。
水は魔法でどうにでもなるが、食料確保は狩猟や自然の恵みを採集する以外にはない。
とはいえ現状、ルーキスのみならずフィリスもイロハも冒険者としてはそこらのベテラン冒険者もびっくりの強者に育っている。
数日旅してもルーキスたちが食料確保に困る事はなかった。
「よし当たった!」
「その火炎魔法を剣で打つ癖どうにかならないのか? 威力と速度は確かに凄いが、剣がない時に困ることになるぞ?」
飛んでいた四枚羽根の鳥の魔物を撃ち落としたフィリスの様子に、ルーキスは苦笑していた。
しかし、フィリスはむしろ自慢げに胸を張ってルーキスにドヤ顔を向ける。
「ふっふーん。ちゃんと練習してるもーん」
「ほう。じゃあ次は剣なしで当ててみるんだな」
空から落ちてきた鳥の魔物を確保して、そう言ったルーキスは夕食のために鳥の魔物の腹を風の魔法で裂き、水の魔法で血抜きを開始すると空に向かって指を差した。
ルーキスが指差した先、仲間を殺されて復讐に燃える鳥の魔物がもう一羽、上空からこちらに目掛けて降下してくる様子がフィリスの目に映る。
その魔物にフィリスは手をかざすと火炎魔法を発動。
空中に炎の矢を一本出現させると、狙いを定め、その矢を射出した。
フィリスの得意とする火の打球ほど速度は出ていないが、火の矢は高速で魔物に向かい、結果直撃。
鳥の魔物の顔面を消し飛ばした。
「どうよ。これで今日はお腹いっぱい食べられるわよ」
「お見事。確かに上達してるな」
「ふふ。ありがと」
落ちてくる魔物を確保するため、フィリスとイロハが落下予想地点に向かっていく。
しかし、二人の元に鳥の魔物は落下してこなかった。
仕留めた魔物より大型の鳥類の魔物が、落下していた魔物を一口で飲み込んで飛び去っていったのだ。
「あー! 私たちの晩御飯!」
「と、盗られちゃったのです」
「はっはっは! してやられたな。仕方ない。今日の夕食はこいつ一羽と森で見つけたキノコだな」
こんな事もありつつ、ルーキスたちは海を目指して旅をしていた。
快適ではなかったが、充実はしていた。
仇を討つという目的はあるが、それは今ではない。
今はただこの旅が、見知らぬ土地への冒険がルーキスたちには楽しくて仕方なかった。
「こうやっていつまでも三人でいたいわね」
「ああまあ。そうだな」
「何よ。嫌なの?」
ある夜の事。
平原の真ん中の満天の星空の下。
座って火を囲み談笑していると、フィリスが呟いた。
その呟きに、ルーキスが気まずそうに答えたのでフィリスは足を抱えてルーキスを上目遣いで睨む。
「嫌とかではない」
「じゃあ何?」
「結婚して子供が産まれたら、三人じゃなくなるだろ?」
「ば! もう。気が早いのよ、ルーキスは」
「ふーむ。歳かねえ」
「同い年でしょうが。まったく」
「お二人に子供が産まれたら、わたしは」
「イロハはお姉ちゃんだな」
「いいのでしょうか。わたしがお二人の間にいて」
「イロハちゃんはもう家族みたいなもんじゃない。私たちの子供が産まれたら、その時は一緒に面倒みてね」
「は、はい」
会話をしながら笑い合い。
三人は一緒に旅を続けていく。
そんなルーキスたちがいくつかの夜を越え、薔薇の森の駐屯地を旅立ってから何度目かの朝を迎えたある日のこと。
見つけた川を下って歩き続けているとルーキスたちは遂にレヴァンタール王国の属する大陸の南端にたどり着いた。
森を抜けた先の崖から、蒼く雄大な海が見えたのだ。
ルーキスは海辺の町出身で、海など見飽きていたはずだが、それでも三人で一緒に見た海はキラキラと眩く輝いて宝石のようだった。
「これが海」
「オーゼロの星空湖より大っきいのです」
「二人は海は初めてか?」
ルーキスの言葉にフィリスもイロハも海を眺めたまま頷いた。
それもそうかと、頷いた二人を見てルーキスは苦笑する。
フィリスの故郷プエルタも、北に進めば海を見ることは出来る。
しかし魔物に遭遇する危険を冒おかしてまで街を出る人間はそういない。
その海や海辺にも魔物は存在するのだ。
内陸に住んでいたフィリスや、ダンジョンを連れ回されていたイロハが初めて海を見るということは、なんらおかしいことではなかった。
「これ全部水なのですか?」
「海水っていってな、飲むにはしょっぱいが。まあ確かに全部水だ」
「本でしか見たことなかったけど。本当に広いのね」
「ああ。広いな。世界は広い」
「あの小さく見えてる山はなんなのです?」
「地図が正しくて、俺たちがちゃんと進んでいたんなら。あの小さく見えているのが俺たちが次に行く大陸だな」
「大陸。小さいのです」
「遠いからそう見えるんだ。近付けばもっと大きく見えるぞ? 霊峰セメンテリオだって遠くから見たら小さかったろ?」
「はい」
海を眺めながら話していると風が吹いた。
暖かい風だった。
迎えるように吹いた風に誘われるように、再びルーキスたちは歩き始める。
ここまで来れば、レヴァンタール王国最大の海洋都市、ペルラオフまではあと少しだ。




