第130話 ルーキスの思いつき
死者の泉でのイロハの両親との思わぬ再会と、フィリスの祖父母との再会を終え、情報を得たルーキスたちは洞窟から出ようとして出口に向かったが、あと一歩で外だと言うのに不意にルーキスが足を止めた。
「すまん。俺もちょっと泉に祈ってきてもいいか?」
「ええもちろん。それは大丈夫だけど」
フィリスの快諾にルーキスは踵を返して洞窟を進み、再度泉の傍に立ち「レナード。ミレイ」と、前世で死に別れた息子と娘の名前を呼んだ。
しかし、待てど暮らせど泉は応えなかった。
「ルーキス。誰を呼んだの?」
引き返したルーキスを追ってきたフィリスが、ルーキスの横に立って聞く。
「ああいや。前に師匠がベルグリントをベルグリントの子孫が呼び出そうとして失敗したって行ってたろ? ならご子息やご息女はって思ったんだが。どうやらお二人とも今は天界にはいないらしい」
「二人とも生まれ変わってるってことね」
「ああ。そうなるな」
会えなかったことは残念だったが、ルーキスはどこか安心したように一息つくと、改めて泉に背を向け、出口目指して歩き始めた。
暗い洞窟から出たとはいえ、薔薇の森自体が薄暗いので目が眩むことはない。
しばらく葬儀のあとのような空気感のなか無言で歩いていたが、魔物がそんな空気を読むわけもない。
森からの脱出を目指す三人の行く手を薔薇に擬態したローズイーターが阻んだ。
「まったく、感傷にも浸らせてくれんとはな」
「ほんと、無神経なヤツって嫌いなのよね」
「倒すのです」
哀れ、ローズイーターは消し炭に。
こうしてルーキスたちは遭遇した魔物を討伐しながら薔薇の森を進み、夕闇が空の向こうから夜を連れてくる頃には森から出ることになった。
「ふう〜。やっと抜けたなあ。早く駐屯地で風呂もらおう。風邪ひいちまう」
「そうね。ほとんど乾いたけど、足元はまだ気持ち悪いわ」
「泥だらけなのです」
そんな事をぼやきながら歩き、駐屯地に帰り着いた頃にはすっかり辺りは暗闇に包まれていた。
門番の騎士に迎えられ、ルーキスたちはそれぞれ自室から着替えを持って風呂に向かうと体を清め、洗濯物を持って風呂場の横にある洗濯室へと向かう。
洗濯室とはいえ、石で囲まれた一室の角に排水用の穴が空いているだけの何もない部屋だ。
その部屋の真ん中にルーキスは水魔法で人一人が入れるほどの水球を作り出して洗濯物と、固形の石鹸をその水球の中に放り込んでいった。
「あ。ルーキス今から洗濯? 私たちのも頼める?」
「下着とかもあるだろ。いいのか? 一緒に洗っちまっても。見られるぞ? 俺に」
「今更何言ってんだか。下着の下も見てるくせに」
「ああはいはい。いいなら水に洗濯物突っ込んでくれ」
「えいや〜。なのです」
ルーキスが言うや否や、フィリスとイロハはそれぞれ洗濯籠に入れていた洗濯物を放り込んだ。
それを確認して、ルーキスは水球の中に水流を作り出して洗濯物を掻き回していく。
「ルーキスが洗濯物洗ってくれてるうちに私たちは防具磨いておこうかしらねえ」
「風呂入ったあとだろ? 明日でよくないか?」
「イロハちゃんが水魔法で濡らして私は拭くだけだし。やっちゃうわよ。ルーキスのもやっておくわ」
「部屋に置いてきたが」
「取ってくるのです」
「あ、おい、イロハ!」
ルーキスの制止より早く、イロハは洗濯室から出ると兵舎の廊下を走っていった。
洗濯室に取り残されたルーキスとフィリスは顔を見合わせるとお互い苦笑を浮かべる。
「イロハはもう大丈夫そうだな」
「無理してないといいんだけど」
「フィリスもな」
「私は大丈夫。本当に大丈夫よ」
そこからしばらく、ルーキスが無言で洗濯物が放り込まれた水球の中の水流を操っていると、ガチャガチャと音を鳴らしながらイロハが本来なら洗濯物を入れる籠にルーキスの防具を入れて再び洗濯室に姿を現した。
「お姉ちゃん、持ってきたのです」
「ありがとうイロハちゃん。じゃあ一緒に洗っちゃいましょう」
こうして洗濯物と装備を洗うと、水を切って自室にそれを持って帰り、室内干し用のロープを部屋の壁に設置されているフックに引っ掛け、そこに洗濯物を干していった。
装備は壁際に置きっぱなしだ。
「よし。洗濯終わり。飯はどうする? まだ食堂は開いてるみたいだったが」
「行きましょ。お腹減っちゃった」
「分かった。それじゃあ騎士団の料理当番の世話になるとしよう」
そう言って、ルーキスはフィリスとイロハを連れて兵舎の食堂に向かった。
食堂で料理当番に夕食を作ってもらい、ルーキスたちは用意してもらったパンやスープ、メインの肉料理をトレーに乗せて席につく。
そこに、ルーキスたちの帰還の報告を受けたシャツとズボンだけ着用したフランクな装いでガレアが姿を見せた。
「どうだったかね禁足地は。死者の泉には辿り着いたかね?」
「ええおかげさまで。目的は達成出来ました。新しい目標も出来ましたけどね」
「君たちは本当に凄いな。あの森を無傷で往復するとは。派手にやったみたいじゃないか。爆炎がここからでも見えていたぞ?」
「なかなかだったでしょう。俺も予想外でした」
「はっはっは。そうかそうか。で? これからどうするんだ君たちは」
「それはまだ考え中です。家族の仇を討つために色々準備しなきゃならないんでね」
ルーキスの家族の仇という言葉に、ガレアが眉をひそめた。
どこか悲しそうな顔でルーキスやフィリスを眺め、申し訳なさそうに目を伏せる。
「仇、か」
「深く考えないでください。相手は魔物です」
ここでルーキスが、相手はドラゴンですと言ったなら、ガレアは彼らを止めたかもしれない。
止められてもルーキスたちは戦う覚悟だが、気を遣わせては申し訳ないと思ったのだろう。
ルーキスはガレアに全ては語らなかった。
「邪魔をしたな。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございますガレア殿」
ガレアが席を外したので食事を始めるルーキスとフィリス。
その隣で、ルーキスたちが話しているあいだにイロハは夕食を食べ終わっていた。
「お〜。早いなイロハ。ちゃんと噛んだか?」
「大丈夫です。ちゃんと噛みました」
「偉いな」
イロハに微笑み、食事を始めるルーキスとフィリス。
話題はもちろん今後のことだ。
「しかし、アルティニウム製の武器ねえ。ああいうのって高額なんでしょ?」
「アルティニウム製のナイフで家一軒建つって聞いた事あるな」
「剣とかハルバード、防具一式揃えたら」
「一人分で王都の一等地に屋敷建つんじゃねえか?」
「ドラゴンを倒すのに一番の問題がお金になりそう。どこかに武器だけでも落ちてないかしら。遺跡の奥とかダンジョンの奥とかに」
フィリスの言葉にルーキスが「そんな都合の良い話あるわけない」と口にしようとしたその時。
ルーキスの脳裏にある物が思い浮かんだ。
前世で自分が、ベルグリントが使っていた愛用のバトルアックスがアルティニウム製だった事を思い出したのだ。
「もしかしたら。手に入るかもしれんな」
「なにが?」
「アルティニウム製の武器」
「本当に?」
「ああ。ちょっと心当たりがある。また少し旅をすることになるが。ロテアに行こう」
「冒険者の聖地かあ。確かにありそうだけど。買うにしてもお金が無いって話よ?」
「まあ行ってみようぜ。もしかしたらタダで一つ手に入るかもしれんからな」
「本当に⁉︎」
「もしかしたら、だからな?」
こうしてルーキスは思いつきで次の目的地を決めた。
目指すは冒険者の国ロテア。
ルーキスとフィリスの前世、ベルグリントとシルヴィアが共に生き、その生涯を終えた地だ。




