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第128話 死者の泉

 ルーキスたちは薔薇の森の奥で見つけた洞窟を、ルーキスが放った魔力の塊の光を頼りにして、水が流れ、滑る足元に注意しながら進んでいた。

 

 しばらく歩いていると、先頭を歩いていたルーキスが足を止める。


「魔力の流れが一点に集まっている。妙な気配だ」


 ルーキスたちが歩いた先にたどり着いたのは狭い通路に反して一軒家なら建てられそうなほどのポッカリと開いた空間で、その真ん中に小さな泉があった。


 その泉は水底から青白く光を放ち、泉から出ている光がポッカリ開いた空間の水晶のような壁面に乱反射している。

 

「ここなら光はいらないな」


「ここが死者の泉?」


 魔力の塊を消したルーキスにフィリスが近付き手を繋ぎながら聞くが、前世でも訪れる機会がなかった場所であるが故に「さてね。こればっかりは分からん」と、辺りを見渡したルーキスは苦笑しながらフィリスに答えた。


 そしてルーキスはフィリスと手を繋いだまま魔力の濃度の割には空気が澄み、魔物の気配すら感じられないその空間を壁に沿って歩き始める。


 すると、壁に何やら文字が刻まれているのをルーキスは見つけた。


「『この場は神聖な泉なり。死者を思い再会を願うなら泉に祈れ』か」


「何これ文字なの?」


「昔の大陸共通語だ。今の共通語は転生者たちがこれを元に分かりやすく最適化した物らしい」


「なんでその昔の共通語をルーキスが読めるのよ」


「そりゃお前さん」


 最適化されていった時代を生きてたからだ、とは言えず。

 ルーキスはフィリスに「勉強したんでね」と、言ってニヤッと笑った。

 

「じゃあここが本当に死者の泉なのね」


「こんな場所まで落書きしにくる奴なんていないだろうしな。間違いないんじゃないか?」


「よし。そうとなれば早速お爺ちゃんと会えるかやってみないとね」


 そう言って振り返ったフィリスとルーキスは、イロハが自分たちの後ろにいないことに気がついた。

 逸れて迷子になったわけではない。

 イロハは泉のすぐそばに立ちすくんでいた。


 その光景を見て、ルーキスは自分の迂闊さを呪う。


(しまった。浅はかだった! この泉が本当に死者の泉なら)


「お父さん、お母さん」


「待てイロハ!」


 その言葉がイロハに届くと同時に、青白く光る泉が一層輝きを増して光を放ち、壁面を乱反射していた光が反射を繰り返して泉に帰ってくる。


 すると、その光の中に二つの人影がボヤけて現れ、その影が次第にハッキリと人の形を生成していった。


『イロハ? イロハなのか?』


「あ、ああ」


 現れた人影のうち一つは男性で、もう一つは女性のもの。

 額には二人ともイロハの角より立派な角が二本伸びていた。


「お父さん、お母さん」


「こうなると想定しておくべきだったのに、くそ」


 言いながら、ルーキスは泉の中に足を踏み入れたイロハを心配して駆け出した。

 一方でフィリスは目の前で起きている事は理解しつつも信じられずに動きを止めてしまうが、我に返ってルーキスの後を追う。


『イロハ。なんで、これは夢なのか? 私たちは確かにあの時死んだはず』


『神様が奇跡を見せてくれたのね。イロハ、少し大きくなったかしら』


 久しく聞いた両親の声にイロハは思考が追いついていないのか、しばし呆然として信じられないと言わんばかりに父母を繰り返し、繰り返し、呼ぶ。


「うぅ。お父さん、お母さん」


『逞しくなったな』


『その格好。もしかして冒険者でもしてるの? へえ〜イロハが冒険者かあ』


「あ、あ。わたし、わたし」


 死んだ両親との会話など、子供であるイロハが考えているはずもない。

 それも、この再会は偶然で、あまりにも突然だ。

 加えて再会できた嬉しさと、両親が死んでいるという現実を突きつけられ、イロハの思考は乱れに乱れてもはや会話どころではない。


 ただその両目から真珠のような大粒の涙を流す事しか、イロハには出来なかった。


「イロハのご両親ですね。初めまして。お眠りになっていたところ、無理矢理起こしてしまって申し訳ありません」


『あなたは?』


「イロハを引き取らせていただきました。ルーキスです。こっちは恋人のフィリス。三人で冒険者として旅をしています」


 泉の真ん中に現れた死者であるはずのイロハの両親に、ルーキスは深々と頭を下げると、後からやってきたフィリスを招き寄せ、泉に入ってイロハの後ろに立つ。

 

 そして、泣いて会話がままならないイロハに代わってイロハとの出会いから今日までのことをかいつまんで話した。


『そんな事が』


『ありがとうございます。イロハと一緒にいてくださって』


「いえ。俺は、俺の心に従っただけなので」


『イロハ。今は幸せかい?』


「うん。うん!」


『ははは。なら良かったよ。そうかあ、うちの娘が吸血鬼の女王様の弟子なんてなあ』


『強くなったんだね私たちの娘は。でも、それでもやっぱり無理はダメよ? ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、いつまでも元気でいてね? すぐにこっちに来たら怒っちゃうからね?』


「うん。うん」


 イロハの目は真っ赤に腫れて涙は止まる事はない。

 流れる涙をポンチョの裾で拭うも、イロハの視界はすぐに涙で霞んだ。


『ああ。なんだか眠たくなってきたな』


『そろそろ、お別れなのかしら』


 泣きじゃくるイロハを、苦笑しながら見つめていたイロハの両親の姿が揺らいだ。

 死者を現世に呼び出すという奇跡が長く続くはずもない。

 再度の別れが、訪れようとしていた。


『イロハどうか元気で、私たちの可愛い娘。まあ、あなた達と一緒なら問題は無さそうだけどね』


『もっとあなたと一緒にいたかった。ごめんねイロハ。みんなと幸せにね』

 

「イロハの事は責任をもって必ず立派に育てます。安らかに、お眠りください」


「お父さんお母さん! わたし絶対幸せになるから! もっともっと頑張って強くなるから!」


 最後になにか伝えなければと、振り絞って叫んだイロハのその言葉に、イロハの両親は優しく微笑んだ。


『ずっと見てるよ』


『ええ、ずっとね』


 その言葉を最後に二人は霧が霧散するように姿を消し、洞窟は元の明るさに戻っていた。


「ごめんなイロハ。辛い思いをさせちまった」


「そんなこと、ないです。そんなこと」


 ルーキスの言葉にそう答えるが、悲しいものは悲しいものだ。

 振り返ったイロハの顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだった。

 そんなイロハを、ルーキスは泉の水で濡れるのもお構いなしで屈み込んで抱きしめ、そして抱き上げる。


 そのまま少しずつ泉から出ると、ルーキスは「次は君の番だぞ」と言わんばかりにフィリスに向かって頷いてみせるのだった。

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