第126話 大蛇討伐
「嫌ぁあ! もう臭いってばあ!」
「あとで洗ってやるから今は走れ!」
涎を垂らして襲い掛かってきた蛇を迎え撃つため、ルーキスたちは走っていた。
昨日のように大蛇二匹に挟み込まれて苦戦を強いられる危険を避けるためだ。
しばらく走りながら周囲を警戒していたルーキスはハルバードを構えて急停止。
別の魔物がいないことを確認すると、こちらに迫る蛇に向き直った。
フィリスとイロハもルーキスに続いて止まるが、二人は少しばかりルーキスを追い越して止まる。
「フィリス。俺のこと、信じられるか?」
「何言ってんの。信じてるわよ、あなたのことなら全部ね」
「そりゃ嬉しいね。じゃあ、俺があの蛇止めるから、合図したら俺に向かってありったけの魔法を撃て」
「ええ。分かったわ」
自分の言葉に疑問の言葉を口にする事なく、即答したフィリスに、ルーキスはニヤッと笑うと、ハルバードを両手で掴んで地面に刺した。
その後ろでフィリスは自身が最も得意とする火炎魔法を使用するために魔力を自身に集中させていく。
そんなことはお構いなしに大蛇がルーキスに襲い掛かった。
しかし、開けられた大口は閉じられる事は無かった。
ルーキスが自分を食おうとして開けられた口に自身を底面に見立てて円錐形の結界魔法を発動。
要は大蛇の突撃と噛みつきを結界を噛ませ、まとめて防いだのだ。
「イロハ! 雷撃魔法!」
「はいなのです!」
ルーキスの指示で、イロハは両手を大蛇に向けて翳し、雷撃魔法を照射。
それと同時に、ルーキスは岩の魔法にて槍を地面から生成し大蛇を攻撃。
柔らかい腹を貫き大蛇と地面を縫い付ける。
更にルーキスは、結界と大蛇の口の隙間からも水の魔法にて生成した刃で体内目掛けて攻撃を開始した。
ルーキスの水の魔法とイロハの雷撃魔法で、大蛇の体内に発生する酸素と水素。
そこに魔力が反応してチカチカと光を放った。
それを見た瞬間ルーキスが声を上げる。
「イロハ! フィリスの横にいろ!」
「え、あ、はいなのです!」
「フィリス! 最大火力! 撃て!」
「いっけえぇえ!」
ルーキスの言葉でフィリスが作り出したのは人一人なら軽く飲み込んでしまいそうなほど巨大な火球。
その火球を、フィリスは魔力で強化したショートソードでフルスイングして大蛇に向かって打った。
その一撃を背後に感じ、ルーキスはハルバードを手に跳躍。
直後に結界を解除して大蛇にフィリスが作り出した火球を飲み込ませる。
次いで、この後に起こることからフィリスとイロハを守るために二人の前に着地した途端、二人をまとめて押し倒し、結界魔法を多重に発動した。
「な、ちょっとルーキス⁉︎」
「二人とも、ちょっと口開けとけよ?」
ルーキスのこの言葉の直後、大蛇の腹の中に充満していた気体にフィリスの火球が引火して大爆発が起こった。
その一撃は大気を揺らし、大蛇の体をかけらも残さず吹き飛ばしたのだ。
大蛇の強固な鱗と厚い肉がなければ、薔薇の森にポッカリと焼け焦げた穴が開いていただろう。
「これぞ擬似エクスプロージョンってな」
「ちょっと! なんてことすんのよ! ビックリしたとかそんな次元じゃないんだけど!」
「耳がキーンってするのです」
「いやあ予想以上の威力だったなあ。火柱があがる程度かと思ったんだが」
立ち上がり、大蛇と森の一部が吹き飛んだありさまを見て、ルーキスは意地の悪い笑みを浮かべていた。
そんなルーキスの後ろで、何故かフィリスは立ち上がれないでいた。
「お姉ちゃん、どうしたんですか? もしかして毒とか⁉︎」
「いや。大丈夫。体は平気よ。アレはただの唾液だったみたい」
言いながら、フィリスはルーキスに押し倒されて仰向けに寝転がっていた状態から座ると、ルーキスを見て顔を赤くする。
(強引なルーキスも、ちょっと良かったなあ)
などと、大蛇討伐直後にも関わらず、フィリスが思い出していたのは押し倒してきたルーキスの真剣な表情だった。
そんなルーキスが、今度は「大丈夫か?」と、優しく微笑んできて手を伸ばしてくる。
フィリスはその手を掴んで立ち上がると、自分の恋人を真っ赤な顔で見つめた。
「ねえルーキス。ちょっと体洗いたいんだけど」
「涎まみれだもんな。分かった見張りは任せな」
「ル、ルーキスになら見られても、別にいいもん」
「ば、おま、今はよせよ。外だし、イロハに見られるわけにもいかんだろ」
「わたし、見張りに行きましょうか?」
「いや、いい。大丈夫だ。すぐそこにいるから、何かあったらすぐ呼べよ?」
ルーキスとフィリスに気を遣い、見張りを名乗り出たイロハを制止すると、ルーキスは三人で作った小さなクレーターから出て、フィリスたちに背を向けた。
「お姉ちゃん。わたしお邪魔してしまいましたか?」
「そんなことないわ。私、本当にルーキスのこと好きなんだなあって改めて思ってね」
「わたしも、お兄ちゃんとお姉ちゃんは好きなのです。」
「ふふ。ありがとうイロハちゃん。あ、ごめん、イロハちゃん水魔法お願いできる? 私、水魔法の制御まだ苦手なの」
「お任せくださいなのです」
ルーキスが顔を赤くしながら聞いているとはつゆ知らず。
フィリスはイロハの作り出した人の顔ほどの水球を掬い上げると、顔と髪を洗っていく。
「体は洗わないのですか?」
「洗いたいけど、着替え無いし。我慢するしかないかも」
「ちょっとだけ臭うのです」
「うぐぅ」
臭うとはいえ、悠長に洗濯していると、いつまた別の大蛇が現れるかも分からない。
フィリスは仕方ないと諦めると濡れた髪をかきあげて首を振り、水気を飛ばすとルーキスの所へとイロハを連れて向かうのだった。




