第124話 薔薇の森の魔物たち
禁域指定された薔薇の森を守る騎士、ガレアたちとの手合わせを終え、ルーキスたちは駐屯地から離れると昼食用に持ち出したベーコンを頬張りながら薔薇の森に立ち入った。
薔薇の森とは言うが、貴族の屋敷の庭や、王城の庭園に咲く薔薇とは違い、その一本一本の大きさは大木ほどもある。
大木のような茎が幾重にも絡まり、巨大な杭にも見える棘が無数に伸び、咲く巨大な花からは薔薇の強烈な香りが漂っていた。
「駐屯地からでも感じていたが、現地は凄いな」
「光景も香りも、異様ね」
「鼻がムズムズするのです」
道なき道を進んでいくが、太陽は出ているはずなのに、進んで行けば行くほど薔薇の森からは光が失われていく。
そんな暗い森に赤い薔薇だけが何故か異様な光を放っていた。
「魔力の光か。どう育てばこうなるんだ?」
「ねえルーキス。道がないけど、帰れる?」
「問題ない。ガレア殿たちの魔力は感知出来るから、最悪それを目指せば森は抜けられるさ」
「どれだけ離れた位置の魔力を感知してるんだか」
ボヤッと暗闇で光る薔薇の花びらに触れて植生を調べているルーキスに、フィリスが心配しながら聞いたが、帰ってきた答えにフィリスは苦笑いを浮かべることになった。
「死者の泉ってどっちにあるのかしら」
「さてねえ。死者の泉が顕現したって情報はあるんだから、どっかにそれを見つけた奴の痕跡はあると思うんだがなあ。もしくは泉を死者の泉と断定した調査団の痕跡とかなあ」
少しでも歩きやすい所を歩きつつ、邪魔な薔薇の大木ほどの茎はルーキスがハルバードで一閃。
除去しながら進んでいくが、一向にそれらしい痕跡は見つけられない。
休憩しながらしばらく歩き、どれくらい経っただろうか三人は少し開けた場所に出た。
しかし、その空間の不自然さにルーキスたちはそれぞれ武器を構える。
「なんでここだけポッカリ空いてるのかしら」
「変な感じがするのです」
「上だ!」
ルーキスが辺りを見渡し、次いで上を見上げた瞬間、それは姿を現した。
見た目には近くに咲いている薔薇と同じ花びらだが、その中央には無数の牙を生やした口があり、その花びらから直接うねうね動く棘の生えた茎が伸びている魔物が降ってきたのだ。
「これが薔薇に擬態している魔物か。プラントイーターの亜種だな。ローズイーターってところか?」
「うわ〜。キモ〜」
フィリスの悪口に怒ったわけではないのだろうが、人一人なら簡単に丸呑みに出来そうな、ルーキスがローズイーターと呼んだ魔物は奇声を発したあと、その刺々しい触手をルーキスたちに向かって高速で伸ばしてきた。
その触手を難なく避け、ルーキスたちは各々反撃、ルーキスとフィリスで触手を斬り飛ばすと、痛みにのたうち回っているローズイーターの口に繋がっている茎にイロハが雷撃を纏った拳を叩きつけた。
地面すら割るその一撃に、ローズイーターは腐臭のする体液を吐き出しながら奇声を上げて絶命した。
そこにフィリスが本当に倒したかを確認するために宙に無数の氷の槍を作り出してローズイーターに突き刺していく。
「死んだか。薔薇の強烈な香りのおかげでだいぶ腐臭がマシだな」
「コレどうする? 素材剥ぐ?」
「いや。換金できる場所がないし、ちょっと確かめたい事もあるから放置しておこう」
「確かめたいこと?」
「まあちょっとこっちに来てくれ」
ルーキスに呼ばれ、フィリスとイロハはルーキスに誘われるままローズイーターの死骸から離れて巨大な薔薇の影に姿を隠す。
そのまましばらく待っていたが、何かが起こる様子もなく。
痺れを切らしたフィリスが「なにも起こらないわね」とため息を吐いた。その瞬間だった。
ローズイーターの死骸が消えた。
突然現れた巨大な刺々しい鱗に身を包んだ顔は赤く、体は濃い緑色をした巨大な蛇がローズイーターの死骸を一飲みにして通り過ぎていったのだ。
「うわー。でっかい蛇さんなのです」
「なにあれなにあれ! 強そう!」
「やっぱりいたなあ、ああいうの。ろくに人が来ない場所だもんなあ。独自の生態系は出来てるよなあ」
巨体の割にろくに音も鳴らさずに離れていく巨大蛇の尻尾を見送りながら、ルーキスは薔薇の茎の影から出ると、ローズイーターの死骸があった場所まで歩いていく。
「あの蛇上手いこと薔薇の間を移動してるな」
「地面に移動した跡がないわね」
「なら弱点は腹だな。あの棘の鱗が腹側にもあるなら地面は傷だらけのはずだし」
などと話していると、ルーキスとフィリスの服の裾をイロハが引っ張った。
何かあったのかと振り返って見てみれば、イロハの後ろから猛烈な勢いで蛇が口を開けて迫ってくるではないか。
反撃のためにルーキスは武器を構えるが、次いでフィリスがルーキスの肩をつついたのでルーキスはフィリスを見る。
すると、フィリスはルーキスが立っている方向、正確にはルーキスの後ろを指差して「あっちからも来てるけど」と冷や汗を浮かべた。
フィリスの言葉で振り返ったルーキスは、そこに今まさにこちらにイロハの後ろから迫っている巨大な蛇と同種の蛇が、薔薇の茎の間を器用にくぐりながら迫っている姿を見る。
「ふう。よし。一旦逃げるか」
「倒さないの?」
「あれがこの森の主とも限らんからな。別の魔物を呼び寄せる前に一度撤退する。まあ、足止めはするがね」
言いながらルーキスは手を地面に付いて魔法を発動した。
土の魔法で地面から岩の壁を形成。
蛇たちの進路を妨害したのだ。
「すぐ抜けてくる。今のうちに行くぞ」
「了〜解」
「逃げるのです」
身体強化を発動し、ルーキスたちは走り出す。
本日一度目の森への突入は一旦終了。
森の出口でしばらく待って蛇たちが追いかけてこないことを確認すると、三人はその場に座り込み、もう一度森に入るかどうかを話し合った。
しかし、日が暮れかけていることもあり、その日は駐屯地に帰ることにしたのだった。




