第123話 薔薇の森へ行ってみよう
「貴君らの用が片付くまで、この部屋は好きに使ってくれても構わない。会えると良いな、ご家族に」
ルーキスたちのために用意した部屋の前でそう言ってガレアは笑った。
そんなガレアに「ありがたい。お言葉に甘えます」と言って微笑み返す。
「部屋代は?」
「いらんよ。良い体験をさせてもらった礼だ」
「いや〜。それはちょっとなあ。あっそうだ、金を受け取れないっていうならコレ使ってください」
そう言うと、ルーキスはバックパックから作り置きしている傷薬や疲労回復用の薬を取りだすとそれをガレアに付き添っていたライラに差し出した。
「これは、薬の類か。ふむ品質は良さそうだが、高価だったのではないか?」
「その辺りは気にしないで下さい。自作なんで原価は俺の体力と魔力、薬草と魔物の各素材ですから」
「ほう。武芸に秀でていながら薬学にも精通していると」
「父から錬金術を学んでましてね。効果は保証しますよ。作り置きがなくなったらプエルタから北に行った海辺の町に父が住んでますから。この薬より品質の良いものを錬成してくれますよ」
「ほう。良い話を聞いたな。高品質な薬は有事の際に間違いなく入り用になる。私から騎士団の本部に話しておくとしよう」
「ありがたい話です。父も喜びます」
言いながら、父が薬作りに奔走するさまを想像してニヤッと笑った。
そんなルーキスの様子にガレアもニヤッと笑い「ではな」と、デリックに支えられたままライラを引き連れてルーキスたちから離れていった。
「薬、今使えばよかったのにね」
「数量が潤沢ってわけじゃないからなあ。近くの街まで距離もあるし、もしもの時のために温存しておくつもりだろ。あと、使うにしても鑑定してからにしたいだろうしな」
フィリスとそんな話をしながら、ルーキスは床に置いていたバックパックを担ぎ上げると、案内された部屋の扉を開けて室内へと足を踏み入れた。
兵舎なので室内は質素で飾り気はないが、ベッドは完備されていた。
ルーキスがフィリスと壁際に荷物を置いている間に、イロハがそのベッドの片側に回り込みベッドを押して二つのベッドをくっ付ける。
そしてルーキスが置いたバックパックから巻いている敷物を手に取ると、それをベッドの上に敷いた。
やり遂げましたと言いたげに、イロハはベッドの傍らに立ってルーキスとフィリスに微笑む。
その様子に、ルーキスとフィリスは笑って顔を見合わせた。
「ありがとうなイロハ。助かるよ」
「たまにはお役に立ちたいのです」
「イロハは十分以上に役立ってるよ」
ルーキスのその言葉に、嬉しくなってか、イロハは下を向いてモジモジと手遊びをする。
先程、鍛練場の地面を割った少女とは思えない愛らしさにルーキスとフィリスは苦笑しながらベッドに近付いた。
そしてフィリスがイロハを抱き上げてベッドに腰掛けたので、ルーキスは抱えられたイロハの頭を優しく撫でる。
「よし。それじゃあ、このあとの予定を計画しようか」
「すぐ森に行くの?」
「そうだな。少し森の様子をみたいから日が暮れるまでに一度森には入りたいな」
「そうね。はあ〜、お爺ちゃんに会えるかなあ」
「それは神のみぞ知る、だな」
まあ、俺は転生するのに二百年掛かったわけだしなあとは言えず、それでも恋人を元気づけるためにルーキスは「でも。きっと会えるさ」フィリスに微笑むと装備を整える為に壁際のバックパックの所へ歩いていった。
ルーキスの背に何を思うか、フィリスは顔を赤くしてイロハの頭に頬を寄せる、というか乗せる。
「お姉ちゃん。重いのです」
「ああ! ごめんイロハちゃん。わ、私たちも準備しましょうか」
「ですです。準備するのです」
抱きしめていたイロハを下ろし、立ち上がったフィリスはルーキスの横に立つ。
そして装備の点検と装着を終えると、三人は部屋を出た。
「疲れてないか?」
「まあちょっと疲れてるけど、今日は様子見でしょ? 大丈夫よ。支障はないわ」
「わたしも、問題ありません」
「それは重畳。そんじゃまあ薔薇の森に行ってみるとするか」
話しながら兵舎を出ると、土の魔法を得意とする騎士たちが損傷した鍛練場の修復作業を行っていた。
その光景に気まずくなり、ルーキスは騎士たちに近寄り「すみません、鍛練場めちゃくちゃにしちゃって」と軽く頭を下げる。
しかしそんなルーキスに苦言を呈する者などはおらず。
装備を整えたルーキスたちを見て「今から行くのか」「気をつけてな」と皆心配そうに声をかけてくれた。
「機会があれば今度は俺と手合わせしてくれよ」
「わかりました。その時は是非」
「聞いてるかも知れないが森には強力な魔物が住み着いている。薔薇の木に擬態している個体も確認されているから罠には気を付けてな」
「有益な情報ありがとうございます。このお礼は精神的に」
「いらんいらん。無事に帰ってきてくれるだけでいい。薔薇の森の深部は俺たちでも立ち入れないからな」
騎士たちの言葉に頭を下げて、ルーキスたちはやって来た駐屯地の出入り口とは反対側に位置する門に向かっていく。
その様子をガレアがルーキスたちを迎えた応接室ではなく、自室の窓から見下ろしていた。
「薔薇の森に踏み入る実力があるかどうかなど測ろうとしたのが間違いだったな。あの者たちならば問題あるまい」
「はい。最初はあの若さでなんの冗談かと思いましたが」
窓から見下ろし、呟いたガレアの後ろ、執務机を挟んだ対面でライラが答えて手に持っていたルーキスの薬の一部をガレアの執務机の上に置く。
「この傷薬、鑑定結果は上級と出ました。塗るにしろ飲むにしろ、効果は約束されています」
「ほう、ありがたいものだ。重宝させてもらうとしよう。しかし羨ましい。あの若さであの力、才能、生きるのが楽しいだろうなあ」
ルーキスたちを見下ろすガレアから出た本音。
その言葉自体は妬みに近いものだったが、ガレアに嫉妬心は一切ない。
どちらかと言えば、単純に羨ましいという感情だけがガレアの中にあった。
「はあ。歳はとりたくないな」
「まあ、はい。それには同意します」
苦笑しながら言ったガレアにライラも困ったように苦笑を浮かべる。
二人はこのあと鍛練場に向かうと、他の騎士たちと共に修繕作業を行なったのだった。




