第120話 騎士たちとの手合わせ
薔薇の森の手前に設けられたレヴァンタール王国騎士団の駐屯地では、本日も駐屯地周辺に現れる魔物や森から現れる強力な魔物と相対する為に、所属する騎士たちが鍛練に励んでいた。
騎士たちはそれぞれ装備を身にまとい、兵舎の前に広がる鍛練場で模擬戦を行っている。
「総員集合せよ」
剣と剣、剣と鎧、剣と盾がぶつかり合い、激しく音を鳴らしているというのに、鍛練場に現れたガレアの一声でけたたましい金属音が一瞬で鳴り止んだ。
そして、ガレアの前に鍛練中であった騎士たちが隊列を組むように並んでいく。
「素晴らしい練度ですね」
「私の自慢の部下たちだ。なかなかのものだろう?」
ルーキスの賞賛の言葉に嬉しそうに笑ったガレアを見て、ルーキスも微笑んだ。
一方でガレアの部下の騎士たちは当たり前のようにガレアの隣に並んでいるルーキスと、その後ろに並んで立っているフィリスとイロハの存在に眉をひそめている。
「諸君。日頃の鍛練ご苦労。今日は我らが主君、レヴァンタール王から正式に禁足地に踏み入ることを許可された冒険者がここを尋ねて下さった」
「薔薇の森に立ち入る許可を、こんなに若い冒険者が?」
ガレアの言葉に疑問を呈したのは屋内の廊下から見たショートソードを二本巧みに使っていた軽装備の明るい茶髪の青年騎士。
その青年騎士の疑問に答えるように、ガレアは持ってきていた許可証を手にする。
「この許可証は鑑定の結果本物であることが確認されている。そして驚くことに、この少年たちはかの吸血女王のお弟子だそうだ」
禁足地への立ち入り許可の話より、ガレアがルーキスたちをクラティアの弟子であるということを教えた時のほうが騎士たちはどよめいた。
しかし、それも一瞬の事で、すぐに静寂が戻ってくる。
「その話の真偽は定かではないが、王が正式に許可証を発行した以上この少年たちが只者でないのは確かである。そこでだ、日頃同じ面子との鍛練に飽き飽きしている諸君らと手合わせをしてもらうことにした」
再びどよめく騎士たち。
そんな騎士たちにガレアは言い放つ「一番槍は誰か」と。
その言葉に、あの青年騎士が手を上げた。
「一番槍はこの私、デリック・セリバードが努めます」
「ふむ。そうだな。ではオルトゥスくん。そちらはどうするかね?」
相手は二刀流。デュアルソードの騎士だ。
自分が戦ってもみたいが、ルーキスはもう一人手合わせしたい相手がいるので「どっちか行くか?」と、肩越しにチラッと後ろを見てフィリスとイロハに聞く。
すると、フィリスとイロハが同時に「じゃあ私が」と言ったので、ルーキスの後ろでジャンケンが行われることになった。
「勝ったのです!」
ジャンケンの結果、勝ったのはイロハだった。
イロハはフード付きのポンチョを脱ぐとシャツとキュロットスカート、打突用ガントレットと蹴撃用の脚甲という出立ちでルーキスの前に立つ。
「鬼人族か。しかし、幼いな」
「見てくれに騙されるなよ?」
「それはありません。立ち居振る舞いからただの少女ではないという事は分かります」
青年騎士、デリックが一歩、隊列から前に出ながら呟くと、ガレアがその横に立ちデリックの肩にポンと手を置いた。
それを見てか、騎士たちの隊列は輪を描くように広がっていく。
「イロハ。思いっきりやって良いぞ。迷うなよ? 出来る事、やりたい事をやりたいようにやりな」
「了解なのです」
ルーキスはイロハの頭にポンと手を置いてそう言うと、イロハの頭を優しく撫でてフィリスと騎士たちが作った輪の方へと向かっていった。
輪の中央にデリックとイロハだけが残される。
「改めて、レヴァンタール王国第三騎士団所属、デリック・セリバードだ。よろしくな、お嬢ちゃん」
「あ、はい。イロハ・アマネです。よろしくお願いします」
一介の冒険者、それもどう見ても十代前半の少女に礼をしたデリックに対し、イロハも頭を下げて礼を返す。
それを見ていたルーキスは「ちゃんと挨拶できて偉いなあイロハは」と、感心しながら微笑んでいた。
「お爺ちゃんみたいになってるわよルーキス」
「はっはっは。言い得て妙だな」
フィリスの言葉でルーキスが笑っていると、対面に位置するガレアがデリックとイロハが離れたのを見て「始め!」と言い放った。
デリックとイロハ、離れた場所に位置する両者が同時に駆け出した。
ショートソードを両手に持つデリックとガントレットでの打突が中心のイロハだが、剣を持つデリックの方が本来なら先に刃が届く。
鍛錬用に刃引きされているとはいえ、金属であることに変わりはなく。
当たれば間違いなく大怪我をするが、両者そんな事は百も承知していた。
イロハは相手の懐に飛び込む為に走った勢いのまま大きく跳ぶと、拳を構えた。
それを受けようとして停止し、剣を交差させてデリックは身構えるが、日頃の鍛練や魔物たちとの戦闘経験から何かを感じとったか、デリックは大きく後ろに跳んだ。
しかし、イロハはお構いなしに拳を振り下ろし、自慢の拳で地面を打つ。
すると、イロハに打たれた地面が割れて表面が捲れ上がり、土煙がイロハの姿を隠した。
「馬鹿な、鬼人族とはいえ少女だぞ」
冷や汗が頬を伝うデリックの目には、土煙の中から現れたイロハの姿がかつて戦った巨人型の魔物である一つ目のサイクロプスに被って見えていた。
そんなイロハが可愛い顔で困ったように眉をひそめている。
すると今度はイロハが魔法を発動、ガントレットと脚甲に青白い雷撃を纏わせたまま再び駆け出して、跳んだ。
「ふう。とんでもないな。もしかして一番強い子と当たったか?」
放物線を描きながら跳んでくる砲弾のようなイロハの姿に戦慄するが、デリックも逃げるばかりではない。
イロハが空中で魔力を放出し、加速しながら繰り出した飛び蹴り。
それを避けて、着地直後を狙おうとしてデリックは剣を構えた。
狙い通り、ギリギリのところでイロハの飛び蹴りを避け、剣を振り下ろすデリックだったが、イロハは当たり前のようにそれを避けると拳を軽くデリックの腹に当てる。
殴るでなく、添えたのだ。
しかし、その拳から感じた危機感に、デリックは咄嗟に身を捩る。
その直後、イロハの雷撃が乗った無寸勁がデリックの脇腹を掠めた。
これもギリギリ避けた、と言いたいところだが、次の瞬間、デリックの脇腹に激痛がはしる。
膝を付きそうになるほどの激痛だが、デリックはそれに耐えてイロハに斬りかかろうとした。
しかし、その一撃はガレアの「そこまでだ」という言葉で止められることになったのだった。




