第119話 ガレアから見たルーキスたち
死者と会話、対面できるという伝説がある死者の泉が存在する薔薇の森。
レヴァンタール王国が禁域、禁足地として指定しているその薔薇の森に向かうため、ルーキスたちは森の手前に位置するレヴァンタール王国が有する騎士団の駐屯地を訪れていた。
一般の軍人、兵士とは違い、個人の戦力が国の基準を上回った者にのみ成る資格が与えられる騎士たちは強者の集団だ。
冒険者と違い、国への確固たる忠誠心もあって、レヴァンタールの騎士団は他国への抑止力にもなっている。
薔薇の森を警備している第三騎士団だが、駐留している騎士たちの実力の水準は極めて高い。
第三騎士団団長。
ガレア・ヴリスタインは一人で魔物数頭を相手取り、並の冒険者十人程度なら軽く蹴散らせるだろう。
そのガレアが、駐屯地に近付いてくるたった三名の冒険者を警戒した。
物見役の騎士からの報を受け、鎧を纏い、使い慣れた大盾と剣を携えたガレアは、薔薇の森へ向かっているであろうに、迂回せずに真っ直ぐこちらに向かってくる少年少女を自室の窓から遠見の魔法で確認する。
あちらからは見えていないはずだが、先頭を歩く少年はこちらを確かに見ていた。目が合ったのだ。
長らく騎士として努め、国のために尽くしてきた。忠誠を誓った王のため戦時には最前線で戦ってきたガレアは対面した少年少女の姿に戦慄していた。
故郷に住む孫たちほどの歳であろう少年たちの姿に、ガレアは強力な魔物よりも強い重圧を感じたのだ。
しかし、話してみれば少年たちは実に丁寧で、若い冒険者のわりには年上を敬う教養もあるではないか。
それもそのはずで、少年たちは自らをカサルティリオの女王。
忠誠を誓っているレヴァンタール王から魔王と比喩されている吸血鬼の女王の弟子だと言ってきた。
それを聞いたガレアは何故か納得してしまっていた。
そして、少年から渡された通行許可証と王家の徽章が刻まれたブローチが、鑑定を頼んでいた部下から本物だと聞かされ、ガレアは少年たちの言葉が真実であると確信する。
「よもや、レヴァンタール王国出身の若者が魔王の弟子とは」
「まさか自分たちもお忍びで冒険者生活を楽しんでいた陛下たちと依頼をご一緒するとは思っていませんでしたよ。そこで意気投合して、今は弟子ですから。自分たちでもまだ信じられません」
そう言って笑った少年。
ルーキスの言葉からは何かを隠しているような違和感があったが、ガレアはそれを聞かなかった。
目の前にいる少年が吸血鬼の女王の弟子である事は確定しているのだ。
余計な詮索は危険だと、経験豊かな老騎士は判断したわけだ。
「許可証はこちらで預かろう。ブローチは君たちが持っていると良い」
「王家の徽章付きですが、よろしいのですか?」
「本来なら許可証の発行だけで十分なのだ。それに加えてブローチを我が王が渡したということは君たちへの友好の証なのだと、私は思っている」
そう言うと、ガレアはルーキスにニカっと笑って見せた。
裏表のない、友好的な笑みにルーキスもニコッと笑って返す。
「すぐに発つかね? 森には植物型の危険な魔物も潜んでいる。準備はしっかりとしていった方が良い」
「確かに無闇に突入するのは危険ですね。空いている部屋があれば貸していただけませんか? 少し森の様子を見て、計画を練りたいのですが」
「構わないさ。ライラ、すぐに部屋の手配をしてあげなさい」
「はっ。ただちに」
「ありがとうございます」
「すぐに準備致しますので、しばらくお待ちください」
そう言うと、女騎士ライラはガレアの執務室から退室すると鎧をガチャガチャと鳴らしながら廊下を駆けていった。
「オルトゥスくん、しばらく時間がある。もしよければ騎士たちの鍛練を見ていかんかね?」
「程よく騎士団に勧誘しようとしてます?」
「おや、バレたか。かの吸血鬼の女王の弟子だ、レヴァンタール王国の騎士となってくれればこれ程心強い事もない」
「安心してください。私はこの国を気に入っています。他国との戦時には喜んで冒険者として馳せ参じますよ」
「もし、カサルティリオと戦争になってもかね?」
「はっはっはあ。それは無理ですね。もしそんな事になったら家族と恋人を連れて全力で遠くに逃げます」
「はっはっは! 正直なものだ。まあカサルティリオとの戦争など、王が正気なら絶対にありえんのだがね。まあ鍛練は見てやってくれんか。あわよくば我が部下たちとの手合わせも頼む。同じ顔ぶれとの鍛練には皆飽き飽きしていてな」
ルーキスの言葉にそう言って笑い、ガレアはルーキスたちを引き連れて執務室から退室すると、廊下の窓から外の鍛練場を見下ろした。
ガレアは飽き飽きしていると言ったが、手合わせしている騎士同士の表情は真剣そのもので、飽きている様子は感じられない。
その様子に、ルーキスの戦闘好きな心の一部分がこちょこちょとくすぐられ、その顔に笑みを浮かべる。
そしてそれはルーキスだけでなく、恋人であるフィリスも同じようだった。
「あの軽装備の人、速いわね」
「両手にショートソードか」
「お兄ちゃんお姉ちゃん、わたしも、わたしも見せてください」
廊下の窓の位置だとイロハの身長では外が見えず、せがむイロハをフィリスが抱き上げた。
その様子に、ガレアは仲の良い姉妹のようにしか見えないなと思い、故郷の息子夫婦や孫が幼かった頃のことを思い出し優しく微笑むのだった。




