第116話 この旅の意味
寒冷期を過ごした村から離れ、西へ西へと向かうルーキスたち。
村を出た当初は、友達であるルルアとの別れからイロハはしばらく寂しそうにしていたが、それも数日経てば持ち直し、三人は目的地である薔薇の森から最寄りの大きな街にたどり着いた。
「おい聞いたかよ、東の森に出没していた盗賊団が壊滅したらしいぞ」
「王国騎士と上級以上の冒険者に討伐依頼が出ていたブラッドバイトか。どこのパーティが仕留めたんだ? 珍しく王国騎士連中が先んじたのか?」
「さてねえ。どこかのパーティが依頼を受けるために斥候を出してたらしいんだが、その斥候が遠巻きに情報があった隠し砦付近で爆発があったのを見たんだと。それで行ってみたら。って話を聞いたんだ」
道すがら倒した魔物の素材を売ろうと思って立ち寄った冒険者ギルドでルーキスたちは、依頼掲示板の前で立ち話をしている冒険者たちの横で受付をしていた。
「王国騎士や上級冒険者に声が掛かるなんて、とんでもない盗賊団もいるのね。どんな人たちが討伐したのかしら」
受付の前、換金待ちをしてると、フィリスが不思議そうに呟いた。
そんなフィリスにルーキスとイロハは苦笑いを浮かべている。
「いやフィリス。ここから東の森って俺たちが来た方向だぞ?」
「そ、そんなの分かってるわよ!」
「たぶん、わたしたちが倒した人たちのことだと思うのです」
「ええ? いやいや、そんな強くなかったでしょアイツら」
「そう感じたんなら、それはフィリスが強くなってるってことだな」
余計な騒ぎを起こすのは本意ではないので周りには聞こえないくらいの声で話すルーキスたち。
幸い冒険者ギルドの中は騒がしく、聞かれることはなかったが、フィリスはやや釈然としない様子だ。
「正式に依頼を受けてからなら報酬も貰えたのねえ」
「まあな。でも良いじゃないか、俺たちは報酬で得られる以上の物をもらったし」
ルーキスの言葉にフィリスとイロハは村でののんびりとした数ヶ月間の生活を思い出す。
そして微笑みを浮かべると、フィリスはルーキスの手を握った。
「お待たせしましたあ。こちら素材の換金分です〜」
受付の女性がルーキスたちが持ち込んだ素材を換金した石貨の入った袋をトレーに乗せてやってきた。
何故だろうか、笑顔ではあるが、怒っているのか受付の女性は額に青筋を浮かべている。
「仲が良くて羨ましいですねえ」
「まあ恋人なんで」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは好き同士なのです」
受付の女性だけでなく、出会いが無いというよりは理想の異性との出会いが無いのであろう、男女に関わらず周囲の冒険者たちも仲の良いルーキスとフィリスの様子に血涙を流しそうなほどだ。
「お姉さんにも良い出会いはありますよ。もしかしたら気付いていないだけかも知れませんよ? 自分を好きな人の存在にね」
トレーから石貨の入った袋を受け取り、ルーキスは愛想笑いを浮かべるとフィリスとイロハを連れてその日の宿を探しに行くためにギルドを出た。
石畳の敷かれた道を歩いていると、屋台から香ってくる鳥の魔物であるベルバードの肉を焼いた匂い。
その肉に塗られたタレの匂いに釣られ、ルーキスは換金したばかりの石貨で焼き鳥を購入すると、初めて訪れた街をポカポカ陽気に暖められながら歩いていく。
「目的地までどれくらいで着くかしら」
「地図が正確なら四日も歩けば到着しそうだけどなあ」
途中で見つけた休憩出来そうな広場の噴水の傍に腰を掛け、ベルバードの焼き鳥を頬張りながら地図を広げるルーキス。
その地図を覗き込み「森の手前にも村があるんですね」と呟いて地図を指差した。
「村というか、たぶん王国軍の駐屯地じゃないか? 本来なら薔薇の森は禁足地、禁域だからな」
「そういえばなんで薔薇の森、というか死者の泉って禁域指定なの?」
「単純に危険だってのがあるんだろうけどなあ。まあ例えば本当に死者と会話できたとして、その死んだ人間が謀殺されたとする。その謀殺された死者が謀殺した人間の何かしらの弱味を握ってたりすると面倒な事になるだろ?」
「何かを王国が隠してるって話?」
ルーキスの言葉に首を傾げたフィリスに向かい、人差し指だけを立て、口元に当てるルーキス。
そんなルーキスを見て、何故かイロハもルーキスを真似して指を口に当てた。
「国の統治に関しては分からんが、そういう事もあるかもなって話さ。だから俺たちは余計なことは考えず、フィリスのお祖父さんに会えることだけを考えよう」
「まあ確かに国のそういう、なんていうのか、闇? みたいなのに触れるのは嫌かも」
「そうだな。国のゴタゴタに巻き込まれるのだけはごめんだからな」
前世で参加した戦争の事を思い出し、ため息混じりに肩をすくめると、ルーキスは地図を畳んで足元に置いてあるバックパックの中にしまい込んだ。
「さて、今日の宿に行こう。明日一日休んだら出発だ」
「ええ。そうね」
ルーキスの言葉に普段なら元気に答えるフィリスだが、どういうわけか元気がない。
それというのも、クラティアから死者の泉の話と死後の輪廻の話を聞いたフィリスに迷いが生まれていたのだ。
もしかしたら、祖父も祖母も既に転生してこの世界で生きているのではないか。
もしそうなら、自分がやっている事は完全な独り善がりだ。
好きな人とイロハを巻き込んで、命の危険が伴う冒険、長い旅をしている意味なんて本当にあるのか? と、フィリスは村での生活を経て考えるようになっていた。
「どうした? 元気ないな」
「お姉ちゃん?」
「ごめんなさい。ちょっと考え事してた」
「話せよ。一人で抱え込まずに」
ルーキスに言われ、フィリスは自分の思いを打ち明ける。
この旅は自分の我儘から始まったものだ、完全な独り善がり。
それに二人を巻き込んでいる事を悩み始めている自分がいると、話した。
「フィリスは優しいな。でもな、そもそも葬儀や墓参りからして死者のためではないんだぞ?」
「え?」
「死んだ人間ってのはその瞬間で全てが終わっている。魂が輪廻の輪に帰り、再び生まれ変わるなら魂は墓には無い。言い方は悪いが、墓の下にあるのはただの腐りゆく遺体だ。死んだ人ではない」
「それは、そうだけど」
「葬儀や墓参りってのはさ。死んだ人の死を悼み、残された人たちがその死を乗り越えるための儀式、生きている人たちのための儀式なんだ。悲しみから立ち上がるためのな。少なくとも俺はそう考えている。だからこの旅はさ、フィリスが大好きだったお祖父さんやお祖母さんの死を乗り越えるための旅なんだと思う。なら、喜んで俺はそれを手伝うよ」
「ですです。お姉ちゃんが納得できるようわたしもお手伝いするのです」
「納得。そうね、私、どこかでまだ二人の死を、お祖父ちゃんの死を納得出来ていなかったのかも。お祖父ちゃんは遺体もなかった。なのに、死んだなんて」
ありし日の優しい祖父の姿を思い出し、俯くフィリスの目に涙が浮かぶ。
その涙をルーキスとイロハが指で拭った。
「フィリスは本当に優しいな。良いお母さんになりそうだ」
「その時、わたしはお二人の側にいても良いのでしょうか」
「当たり前だろ? 俺たちは家族みたいなもんなんだからよ」
ルーキスの言葉にバツが悪そうに肩をすくめるイロハに、ルーキスは笑いながら手を伸ばすと俯くイロハの頭をガシガシと撫でる。
そんな二人を見て、フィリスは優しく微笑むのだった。




