第10話 宿を探して
フィリスに押されてギルドを出たルーキスは、すっかり暗くなった街を歩き始めた。
電気や炎ではなく、発光する魔石が入った仄かに黄色く輝く街灯に照らされた歩道を、二人は足早にギルドから離れていく。
「お仲間とは話はついたのかい?」
「ええまあ。元々あっちから声かけてきて、それで組んでたのもあったから。今回の件で抜けるって話をしたわ。ってそんな事よりアナタよ! なんで登録初日に喧嘩してるの⁉︎」
「まあ、冒険者の男の子なんでね。売られた喧嘩くらいは買わないとだろ?」
並んで歩くフィリスの言葉に冗談ぽく笑って答えたルーキスが、肩をすくめたかと思うと歩く速度を緩めた。
ギルドに入る前までは馬車や竜車が行き来していた大通りはすっかり静かになり、代わりに街の住人が歩いている事もあって、ルーキス達が歩いている歩道は先刻と比べると随分歩きやすくなっている。
「アナタ、今夜の宿とかとってないでしょ? 私が間借りしてる宿でよければ案内するわよ?」
「お、そりゃありがたいな」
「ギルドと提携してるわけじゃないけど、安くて良い宿でね。ご飯も美味しいんだ」
「飯付きか、良いね」
最悪ギルドの宿泊室を借りるつもりだったルーキスだったが、せっかく初めて訪れた街での初めての夜だ。
旅の始めらしく、出来れば場当たり的に寄った宿に泊まってみようと思っていたルーキスは、これ幸いと現地人おすすめの宿に案内してもらう事にした。
暗闇で発光する鉱石に明るく照らされた大通りから外れ、ルーキスはフィリスの後ろをついて歩いていく。
次第に街灯の間隔が開き、徐々に暗くなっていく道。
道沿いに並ぶ家屋の窓から漏れる淡い光がなければ足元は見辛そうだ。
「他の宿に比べるとちょっと造りは古いけど、気に入ってくれると良いな」
「随分と入れ込んでるんだな。君が入れ込んでるなら良い宿なんだろうな」
「宿を営んでるご家族がね、仲良しでさ。見てて和むし、応援したくなるんだよねえ」
言いながら、フィリスは微笑むと手を後ろに回して合わせて組み、楽しそうに歩いていく。
そんなフィリスの後ろ姿に孫娘の姿を思い出し、ルーキスの顔にも微笑みが浮かんでいた。
しばらく歩き、ルーキスの前方にそれらしき二階建ての家屋が現れた。
入り口の枠から伸びた鉄の棒に、ベッドが描かれた四角い看板が掛かっている辺り、この家屋がフィリスが間借りしている宿で間違いないらしい。
「ここよ。どうしたの?」
目的地に到着したフィリスが振り返る。
しかし、ルーキスはそんなフィリスを見てはおらず、宿の二階に並んでいる明かりのついていない窓を見上げていた。
「どうしたの? 誰かいた?」
「ああ。誰か、というよりは良いものを見た」
「え? なに?」
「まあまあ。とりあえず案内してくれよ」
「もう。勿体ぶるんだから」
ルーキスが見たのは二階の窓からこちらを覗く小さな女の子の姿だった。
白い半透明な、巻き髪の可愛らしい女の子。
一見すれば幽霊のようにしか見えない女の子。
その姿はルーキスの視線を追ったフィリスには見えていないようだった。
(大通りから外れているこの奥まった道にポツンとある割には寂れてもいない。なるほどなるほど、アレがいるならそれも納得だ。この子について来てよかった。最初の宿で大当たりを引けるのは良い)
フィリスの後に続いて歩き、そんな事を思いながらルーキスはこちらを覗く女の子に手を振ると、宿に足を踏み入れた。
「お? やあフィリスちゃんお帰り、今日は遅かったね」
「ただいまおじさん。ちょっと色々あってね。まあそれよりも、今日はお客さん連れてきてあげたわよ」
「そりゃあ、ありがたい」
扉を開けて入った目の前、受付カウンターの向こうに腰掛け、眼鏡を掛けた四十代くらいの男性が帳簿をつけていた手を止めて顔を上げ、フィリスと言葉を交わすと、宿屋の主人らしき男性は後ろに立っているルーキスを見て笑顔を浮かべた。
「ようこそ、宿屋シルキーへ」
笑顔の男性の言葉、出てきた宿の名称に、ルーキスは「やっぱりそうか」と言いそうになったのを抑え、一礼するとフィリスの横に立った。
「一泊かい? それとも連泊かな? 客室は空いてるからね、間借りしてくれても構わないよ。むしろ大歓迎だ」
「とりあえず一泊で頼みます。しばらくは街にいますが、いつ出立するかは決めてないんで」
「分かった。一泊だね。金額は石貨二枚、食事付きなら三枚だが。どうするかな?」
「頂きます」
「分かった。じゃあこれ部屋の鍵ね。二階の突き当たり、フィリスちゃんの隣の部屋だよ。高級宿には劣るけど、まあゆっくりしていってくれ」
「家憑きの妖精、シルキーがいる宿ですからね。ゆっくりさせてもらいます」
宿屋の主人に魔石から作られた石貨を払い、部屋の鍵を受け取る際、ルーキスは主人に微笑みながら言う。
そのルーキスの言葉に宿屋の主人は驚いたように目を丸くした。
「君はあの子が見えるのかい?」
「二階のシルキーでしたら見えます。住み心地が良いのでしょうね。外から見た時、彼女は楽しそうに笑ってましたよ」
「おお! それは良かった、いやあ私は見えなくてね。娘は見えてるみたいなんだが」
と、宿屋の主人が笑っていると受付カウンターの背後にある扉から十歳くらいだろうか、小さな女の子が「パパ呼んだ?」と嬉しそうに言いながら駆けてきた。
「おおミリィ。このお兄さん、シルキーが見えるんだって」
「ほんと⁉︎」
宿屋の主人の言葉を聞いて、娘さんの顔に笑顔の花が咲く。
よほど嬉しかったのか、宿屋の主人にミリィと呼ばれた女の子はカウンターに手を伸ばし、背伸びをしてルーキスの顔を見ようとするが、爪先立ちでギリギリ視界が確保出来ないらしく、ピョンピョン跳びハネ始めたので、宿屋の主人は娘を抱き上げた。
「お兄ちゃん、本当にあの子見えるの?」
「二階の手前の部屋にいる女の子だろ? 見えたよ」
ミリィの言葉に優しく微笑みながら視線を合わせ、答えるルーキス。
ルーキスのその言葉に、ミリィは父親に抱きつきながら口を開く。
「ね! パパ、わたし嘘言ってなかったでしょ⁉︎」
「ははは。私はミリィが嘘を言ってるなんて思った事もないさ、ほらママのところへ行っておいで、私もそろそろそっちへ行くから」
抱っこしている娘の頬に軽く口付けをすると、宿屋の主人は娘を下ろし、背中を押して扉の向こうへとやると「娘がすみませんね」と恥ずかしそうに笑った。
そんな主人に「仲が良いのは良い事ですよ」と笑い返しながら、ルーキスは宿の奥の階段の方へと歩き出す。
その後ろをフィリスが付いて歩くが、何故だろうか、顔色が優れないようだ。
ルーキスがフィリスの顔色の悪さに気がついたのは、当てがわれた二階の奥の部屋に向かう前。ここまでの礼をいうためにフィリスに振り返った時だった。




