第106話 契約
ルルアとダリルの自宅にお邪魔して、ルーキスはルルアの案内でダリルを寝室に運ぶと、床に敷かれた干し草をシーツで包んだだけの質素なベッドの上にダリルを寝かせた。
眠るダリルに寄り添うルルアに、ルーキスが「ごめんな。兄ちゃん殴っちまって」と片膝をついて申し訳なさそうに言うと、ルルアは首を横に振って「兄ちゃんが見つかったから良いの」とルーキスの目をまっすぐ見て答えた。
フィリスとイロハも家にお邪魔して、廊下からその様子を見ている。
「二人のお父さんとお母さんはどうしたんだ?」
「分からないの。少し前から帰って来なくて」
ルーキスの問いかけに俯いて答えると、ルルアは目を潤ませて寝ている兄に視線を向けた。
その時グゥーと、ルルアから可愛らしい腹の音が聞こえたので、ルーキスは微笑むと「台所を貸してもらえるかい?」と立ち上がりながら聞いた。
「良いけど。何するの?」
「そりゃあ台所でやる事と言えば料理さ。材料は自前のを使うからさ」
「こっち」
盗賊たちから自分を助けたルーキスたちを疑わず、ルルアはルーキスたちを台所へと案内する。
その案内された台所で、ルーキスは腹を空かせているルルアと、気絶させてしまったダリルへの詫びのために道中手に入れた魔物の肉や、薬草を使って炒め物を作り始めた。
「ルーキス。何か手伝うわ」
「そうか? じゃあスープを頼むよ」
「分かった、任せて」
「わたしも何か手伝えませんか?」
「そうだなあ。じゃあイロハにはルルアちゃんが退屈しないように話し相手になってもらおうかな?」
「了解なのです」
ルーキスとフィリスが簡単な炒め物とスープを作っている間、イロハとルルアは近くのテーブルの側の椅子に座って話し始めた。
料理をしつつルーキスは辺りを見渡すが、室内はきちんと掃除されており、取り出した調理器具や食器も綺麗なものだ。
二人の両親がいなくなってからそれほど時間は経っていないのか、子供二人で暮らしているにしては良く片付けられている。
しばらく経ち。
テーブルに完成させた料理を並べると「先に食っててくれ」とフィリスたちに言って、ルーキスは木のトレーに料理を乗せて、ダリルが眠る寝室へと向かった。
ダリルが眠る寝室を覗くルーキス。
すると、目を覚ましていたダリルが体を起こしてルーキスを一瞬睨むが「よう。さっきはすまなかった」と、自分が言おうとした事をルーキスに言われてしまい「いや。こっちこそ、すまなかった」とダリルはペコッと頭を下げながら呟いた。
「ルーキスだ。よろしく」
「ダリルだ。妹を助けてくれたんだな」
「よかったら話を聞かせてくれないか? ルルアちゃんから聞いたが、ご両親が帰って来ないんだって?」
手に持った料理の乗ったトレーを、ベッドに胡座をかいて座ったダリルの膝の上に置きながら言ったルーキスに、一瞬眉をひそめるが、ダリルは「面白い話じゃないぞ?」とトレーから木のスプーンを取りながら言ってルーキスを見た。
「俺たちの両親はこの村の狩猟班なんだ。三日前、寒冷期に備えて狩に行ったんだけど、最近出没するようになった盗賊たちと遭遇して交戦になったらしくてな。怪我して戻ってきた狩猟班の仲間から聞いた話だと、どうやら二人は攫われたらしい」
「目的は、人身売買か?」
「さてね。でもまあ攫われてるのは親父たちだけじゃねえ。近くの村も襲われて、人が攫われたり食糧を奪われたり、家を焼かれたりしてるらしい」
「複数の村を襲ってるって事は盗賊の規模はデカそうだな」
「ああ。だけど、どこを根城にしてるか分からねえんだ。それで俺、盗賊団の根城だけでも探ろうとして朝から村を出てたんだけど」
話しながら、ダリルはルーキスとフィリスが作った料理を食していく。
どうやその大きな口にはあったようだ。
美味しそうに咀嚼している様子に、ルーキスは「慌てなくて良いぞ、お代わりならまだある」と、微笑みながらニカっと笑った。
「すまない。話の途中に」
「構わねえよ。子供はちゃんと食べねえと育たねえからな」
「話を戻す。それで森を探してたんだが、見つからなくて、村に戻ろうと思ってたら、多分俺を探しに来たルルアが知らない連中に連れて行かれてるのを見つけて。でも俺じゃ全員は相手に出来ないから、ルルアを担いでた野郎だけ射ったんだ。ルルアなら逃げると思って。初めて俺、人を殺した」
言いながら、ダリルはスプーンを置くと、自分の両手を見下ろした。
ルーキスは冒険者だ。
前世から数えると、いや、戦争すら経験した彼は数え切れないほどに人を殺めている。
しかし、話を聞くにダリルは冒険者ですらない一般人。
初めて人を殺めた事に罪悪感でも感じていたのだろう、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「冒険者や騎士の定義だと、盗賊連中は人間として扱わない。アレは魔物と変わらん。気にするなとは言わんが。いや、敢えて言うが、気にするな。それにお前さんは妹を助けるために行動した。結果、ルルアちゃんは無事に逃げ出して俺たちに会ったわけだ。良かったじゃねえか助かって」
「そのアンタたちも俺は襲っちまったがな」
「それも仕方ねえだろ。はたから見れば子供二人を連れて歩くよそ者だ。外套も羽織ってたし、遠目に見れば盗賊に見えるってのも、まあ分かる」
そう言うとルーキスは冗談ぽく笑った。
そんなルーキスにダリルは自慢の白い体毛に覆われた頭部を掻きながら「すまない。ありがとう」と呟いて眼下の料理を口に放り込んだ。
「アンタ」
「ルーキスって呼んでくれよ」
「ルーキスはどうしてこの村に?」
「ちょいと用があってね。ある場所へ向かう途中だったんだが、なにせ遠方でな。寒冷期までには到着出来そうにないから、寒冷期越え出来る宿とかねえかなあと思ってこの村に寄ったんだ」
「確かにそろそろ本格的に寒冷期だ。その判断は正しいと思うな」
「だろ? 雪の中歩くわけには行かんしなあ」
「ルーキス。盗賊たちを倒してルルアを助けてくれたんだろ? その腕を見込んで頼みがある」
「両親を助けてくれ、か?」
「ああ。自分勝手なことを言ってるのは分かってるでも、俺だけじゃ」
「良いぜ?」
「だよな。駄目だよな。え? 良いのか⁉︎」
「もちろん下心はある。俺たちは冒険者だからな」
「報酬か。石貨はあまり持ってないんだが」
「いらねえよ。報酬は友達になってくれる事と、当面の寝床としてこの家を使わせてもらうことだ。どうだ?」
「ルーキス。良いのか?」
「良いか悪いかはダリルが決めるんだ。どうだ? 俺たちを雇うか?」
「雇う。両親を、助けてくれ」
「よし。じゃあ契約成立だ。しばらく厄介になるぜ」
こうしてルーキスはダリルと口と握手だけで契約を成立。
二人の両親救出までの間、ダリルの家で寝泊まりする権利を得たのだった。




