第105話 ある村の状況
狼型の獣人族の幼い少女を助けたルーキスたちは、盗賊たちを縛り付けて放置したまま森の中にある村に向かった。
助けた少女がその村からやって来たという話だったので、訪問ついでに少女を送り届けるため、フィリスを先頭にイロハと少女を後ろにつかせ、最後尾をルーキスが守る形で村までの道を歩いている。
「あの。助けてくれてありがとう。あなた、わたしと同じくらいなのに強いのねえ」
「わたしはお兄ちゃんお姉ちゃんと一緒に冒険者をしているので、強いのです」
隣に並んで歩くイロハと少女。
その後ろから「なんで追われてたんだい?」とルーキスが聞くが、少女は首を横に振って「わかんない」と答えた。
「狩に行った兄ちゃんが、帰って来なくて。心配になって森に行ったんだけど」
「君一人でか? それはあまり感心出来ないな。森は危険だぞ?」
「ちょっとルーキス」
「いや。コレに関しては嘘を教えるわけにはいかんだろ。また森に行ってさっきみたいに盗賊やら魔物に襲われたらどうする?」
「それはそうだけど」
先頭を歩くフィリスからの肩越しの声に、ルーキスは答えながら周囲の警戒を厳としていた。
しばらく歩き、村の入り口である木の門とそこから広がる木の柵が見えてきた時の事。
ルーキスは森の方から飛来する何かの風切り音を聞く。
常人ならその風切り音を聞いたところで次に飛来した矢になんの反応も出来ずに、こめかみに一撃を受け絶命しただろう。
しかし、ルーキスはその矢を見もしないで手で取ると、それを地面に捨てて矢が飛来した森の方に駆け出して行った。
「ルーキス⁉︎」
「大丈夫だ! 二人を頼む!」
森の方に駆け出しだルーキスは、魔力感知の魔法を発動した。
そして、木の上に一人、弓をつがえた人影を見つける。
先程打ち倒した盗賊たちと比べても装備は貧弱、体格はルーキスと同程度の体つきの獣人族の少年が、接近するルーキスを弓で狙った。
それを見て、ルーキスは魔力を下半身に集中、俊敏性や跳躍力を飛躍させると、一気に木の上に立つ獣人族の少年と同じ高さまで跳び上がった。
「っちい! この人攫いの盗賊野郎が!」
「はあ?」
至近で放たれた矢を身を捩って回避し、ルーキスは足で獣人族の少年の頭を挟んで振り回して木から投げ落とした。
獣人族の少年は空中でルーキスのように身を捩って着地すると、弓を担ぎ、腰から蛮刀を抜いて逆手で構える。
しかし、その蛮刀が振るわれる事は無かった。
木の上にいるはずのルーキスを見上げた獣人族の少年は、いつの間にか接近していたルーキスに腹部を蹴られて道の方へと吹き飛んだのだ。
「へえ。良い反射だ。咄嗟に跳んだな?」
「くそ。こんな奴に」
手加減された。
獣人族の少年は確かにそう感じていたが、後ろに跳んでなお甚大なダメージで立ち上がれず、片膝をつかざるを得ない現実に歯噛みして、眼前に立つルーキスを見上げる。
そんな時だった。
「兄ちゃん!」
と、ルーキスたちが助けた獣人族の少女がその獣人族の少年に抱きついた。
「ルルア。ごめんな。兄ちゃんじゃ勝てないみたいだ。盗賊から助ける事も出来ない兄ちゃんを許してくれ」
「誰が盗賊だよ」
「白々しいぞ。お前たちのせいで村の皆がどれだけ苦しんでるか知ってるのか!」
「待って兄ちゃん! この人たちは違うの! わたしを助けてくれたんだよ?」
「ルルア。騙されるな、見ろ、あの子だって」
言いながら、獣人族の少年はイロハの方を見るが、そのイロハはというと「わたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんの仲間なのです」と言いながらフィリスの手を引いてルーキスの隣に立った。
「な。という、ことは」
「勘違いだな。お前さんの」
「なんだよ。そうか、よかっ」
気が抜けたのか、獣人族の少年は言い切らずに気を失ってしまった。
その様子に、フィリスやイロハ、ルルアと呼ばれた獣人族の少女がルーキスを見る。
「正当防衛」
「確かにそうだけど」
「まいったな。仕方ない魔法で浮かせて運ぶか」
というわけで、ルーキスは獣人族の少年に手をかざすと魔法を発動、少年を宙に浮かせると森に突撃した際に落とした荷物を担いで村へと向かった。
「兄ちゃんがごめんなさいでした」
「構わねえよ。別に怪我したわけでもないし」
そんな事を話しながら村へとたどり着くと、門から数名、中年から初老の人族や獣人族の男性が剣や農具やらを手に現れた。
「ルルアちゃんとダリルか! 大丈夫か⁉︎ 何があった⁉︎」
ざわざわと、騒ぎ立てる男達。
とりあえず状況の説明はせにゃならんかと、ルーキスはハルバードをフィリスに預け、攻撃する意志や抵抗するつもりは無いと暗に言うように、イロハと手を繋いで男たちに近づいた。
「初めまして。実は」
と、人当たりの良さげな笑顔を浮かべ、ここまでの経緯を村人たちに話すルーキス。
ギルドカードを持っていたことや、ルルアが話を裏付けてくれた事もあって、村人たちと揉める事は無く。
ルーキスたちはとりあえずルルアの兄、ダリルを二人が暮らしているという家に、ルルアの案内で運ぶことになった。
村人たちはというと、見張り台に登って辺りを警戒したり、門の側で立ち話をしたりとどうにも落ち着かない様子だ。
「ねえルーキス」
「どした?」
「二人のお父さんとお母さんのこと聞いて良いと思う?」
「う〜ん。微妙だな、二人の家に着いてから考えよう」
小さな木の橋で川を跨ぎ、ある一軒家の前でルルアが立ち止まった。
どうやら二人の自宅らしいが、外観だけなら二人暮らしには少し広い印象だった。




