第104話 盗賊退治
ハイスヴァルムの街を旅立って数日。
いよいよレヴァンタール王国は寒冷期に突入した。
ルーキスたちは旅立つ前に購入していた寒冷期用のファー付きのフードが付いた外套を羽織って森の側を歩いていく。
ちゃんと地図通りに進んでいたならば、このまま真っ直ぐ進めば右手に川が見えてくるはずだ。
その日はそれまで我慢していた寒冷期の空から、いよいよ真綿のような雪がふよふよ風に揺られながら降ってきた。
「雪なのです」
「あちゃー。降ってきちまったか。マズイな、吹雪かれると大変マズイ」
「村までならもう少しなのに」
「仕方ない、泊まれる場所があると願ってちょっと走るか」
というわけで、ルーキスたちは雪の降る中を走り出した。
身体強化魔法を使うでなく、駆け足くらいの速度でえっほえっほと駆けていくルーキスたち。
しばらく駆け足で進んでいると、村へ向かう道に出た。
その道は左手側に木が生い茂った深い森が、右手側には狭い幅の川が流れている。
「道は外れてないな。よしよし」
「はあ良かったあ。迷ってなかった」
「もし迷ったら三人で森暮らしだな」
「それはそれで別に良いかも」
「ですです。面白そうなのです」
「たくましいねえ。でも良いのかフィリス。婆ちゃんの墓に爺ちゃんの遺品持っていけなくなるぞ?」
「わ、分かってるわよ」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんに、たまに意地悪なのです」
「好きな子ほどいじめたい、とは違うが、可愛い反応するからなあ」
ルーキスの言葉に、フィリスが顔を赤くしてルーキスの臀部を蹴り上げた。
それをあえて受けたのは、フィリスが本気ではないと分かっていたからだ。
「おっと〜。危ねえ危ねえ。尻が二つに割れちまうところだったぜ」
「お尻は二つに割れてるもんでしょうが!」
雪の降る中、笑い合いながら川辺の道を進み、もう少し歩けば村が遠方に見えるというところまで差し掛かった頃。
突然森の方からガサガサッという藪を掻き分けるような音と「待ちやがれえ!」「逃げたって誰も助けてくれねえぞ!」と、まあ、なんというか、いかにも悪党が叫びそうな台詞が聞こえてきた。
そこに少しの血の香り。
「面倒ごとか」
ため息を吐きながら、ルーキスはバックパックを下ろすとハルバードを担いでゆっくり歩き始めた。
フィリスもイロハも、同じく荷物を下ろしてルーキスのバックパックに立て掛けた。
それを肩越しに見て、ルーキスは指を鳴らして荷物に結界を張る。
すると、森から人影が飛び出してきた。
獣人。
全身を白い毛に覆われた狼型の獣人族の、おそらく少女だった。
おそらく、というのは遠目には若い獣人族は性別が分かりにくいためだ。
それでもルーキスがその獣人族を少女と断じたのは、森の藪から飛び出してきた際に転倒したその獣人があげた「キャ」という声と立ち上がる所作に女性を思わせるしなやかさがあったからだ。
背格好からして年齢はおそらくイロハと同じくらい。
そんな獣人族の少女がルーキスたちを見つけ「た、助けて」と呟いて手を伸ばした。
破れたワンピース、靴を履いていないのは獣人族が故か、はたまた途中で脱げたのか。
肩や太腿は藪や木の枝にでも引っ掛けたか、少しばかり血が滲んでいる。
「この出会いは偶然だと思う?」
「あの子が演技をしているようには、俺には見えんがね」
通り掛かった冒険者を罠に嵌めるための囮役。
フィリスはイロハを助けた時の事を思い出しながらルーキスに聞いたが、ルーキスがハルバードを担いだまま姿勢を低くしたのを見て「そっか」と呟いてバックラーを構え、剣を肩に担いでルーキスと同じように腰を落とした。
「こっちに来るのです!」
同じ年頃のイロハの声に反応し、駆け寄ってくる獣人族の少女。
その直後、少女を追ってきた悪党、見た目に盗賊くさい人間や獣人の男達が数人現れた。
「へへへ。見つけ」
盗賊らしき髭面の中年が目的の獣人族の少女を見つけ、連れ去ろうとして仲間の獣人族の男と追い掛けようとした。
その瞬間、髭面の男はいつの間にか眼前に現れた少年のハルバードの柄で鳩尾を強打され、獣人族の男は突然目の前に現れた少女にバックラーで同じく鳩尾を強打されて両名とも激痛で気を失った。
「あれ? 一撃で?」
「先生に鍛えられた成果だな。殺してしまっても構わんが、子供が見てるしな。半殺しだ」
「了〜解」
ルーキスはともかくとして、フィリスはクラティアとの鍛練で段階を数段飛ばしてその実力を伸ばしていた。
元よりルーキスから見ても才覚ありとしていたその冒険者として敵と戦う才能が見事に花開いたのだ。
盗賊の割に屈強そうな男達を相手に大立ち回り。
ルーキスと息の合った連携で、瞬く間に数人の盗賊を戦闘不能にすると、息をきらせる様子もなく剣を鞘に収めて足元に倒れている盗賊を踏みつけた。
戦闘終了。
そう思った時。
イロハと獣人族の少女が立つ場所の茂みから、隠れていた盗賊が飛び出し、隙をついて獣人族の少女を連れ去ろうと試みた。
だが、その無謀な試みは、少女と男の間に割って入ったイロハが放った、僅かな隙間も開けず、完全密着した状態から放つ発勁、無寸勁の直撃を受けたことにより失敗。
イロハの一撃を受け、腹部を陥没させられて吹き飛んだ盗賊の男は茂みの近くの木に叩きつけられ、大量に吐血して動かなくなった。
「お〜。すげえな」
「死んだんじゃないの?」
「まあ別に一人死んだところでなあ」
「や、やり過ぎたのです」
「盗賊、野盗に人権なし。盗賊や山賊、野盗と会ったら魔物に会ったと思えって冒険者ギルドや養成所でも教えてるから別に構わねえよ」
言いながら、ルーキスは指を鳴らして魔法を発動。
岩のように固めた土で地面に盗賊たちを縛り付けると、今しがたイロハが吹き飛ばした盗賊に向かって歩き始めた。
「お。虫の息だ。運が良いなお前さん。この後も運が良ければお仲間に見つけてもらえるだろうが。まあ魔物の餌が関の山。さっさと目覚めて舌でも噛み切った方が苦しまずに死ねるかもな」
盗賊を冷たい目で見下ろしながらそう言って、ルーキスはその盗賊を他の盗賊と同じように地面に縛り付けるとフィリスとイロハ、獣人族の少女が待つ道へと戻った。




