第103話 寒い朝
ルーキスたちがハイスヴァルムの街を旅立って丸一日。
野宿することになった丘陵地帯の草原で、フィリスに腕を枕代わりにされ、イロハに抱き枕よろしく抱きつかれたまま目を覚ましたルーキスは「ハアックショイ!」と大きなくしゃみをしながら目を覚ました。
結界魔法を使用しているとは言え、寒冷期の迫ったレヴァンタール王国は早朝ともなると肌寒い。
フィリスとピッタリくっついて、イロハに抱きつかれていることで人肌による暖かさがなければ身震いしていたことだろう。
フィリスの枕になっている腕の痺れすら心地よく感じていたルーキスだったが、結界魔法の外でこちらを襲うためにやってきた角兎が結界を攻撃する音に邪魔をされ、すっかり目を覚ましてしまった。
「朝飯は兎肉だな」
ゆっくり腕をフィリスの頭の下から抜き、抱きついているイロハを抱き上げて、フィリスとイロハをくっつけ毛布を掛けると、ルーキスはハルバードも持たずに中型犬ほどもある角兎数匹に向かって歩き出した。
「寒冷期越えの準備なら相手を見誤ったなお前たち」
結界から出たルーキスを角兎が取り囲み、その自慢の角をルーキスに突き立てるため、一際大きな角兎が飛び掛かってきた。
その角兎の角を避け際、ルーキスは角兎の首に手刀を刺しこむ。
即死、というわけにはいかなかったが、その一撃で角兎は絶命した。
恐らく狩を行う部隊の隊長だったのか、その角兎を討伐すると、他の角兎たちは丸い尻尾を膨らませながら全力で逃げていく。
それを見送って、ルーキスは水魔法で角兎の体内から血液を全て取り出すとそれを地面に撒いた。
「角は薬に使えるから取っておくとして、肉肉お肉兎肉〜。スープにするか、寒いし」
魔法で宙に浮かせた角兎の死骸を、風魔法の刃で兎肉を捌きながら朝食のメニューを考えていた。
肉を取り終え、最後の最後に魔石を取り出す。
すると、肉は消えなかったが、最初に魔法で取り出した血液は黒く変色すると固形化し、灰になって風に舞って消えていった。
「この現象も思えば珍妙よなあ。触れなかった物は魔石取得と同時に消えるなんて」
手に持った肉と消えていく骨と血液を見ながら、ルーキスは呟くと肉を魔法で作り出した水球の中に放り込み、結界の中に戻っていった。
そして新調したバックパックに入れていた調理道具と買った調味料を取り出して、再び結界の外へ出る。
「ミナス様の手料理、美味かったなあ」
師匠の料理を思い出しながら、兎肉入りスープと串焼きを作っていくルーキス。
そうしていると、目を覚ましたフィリスがまだ寝ぼけているイロハを抱っこしてルーキスの所にやってきた。
「おはようルーキス」
「おはようフィリス。イロハはまだおねむか」
「らいじょうぶれす、おきてまふ」
ルーキスの声に反応して、返事は返すが、イロハは依然フィリスの肩に頭を預けて目を閉じている。
そんな様子に微笑むと、ルーキスは指を鳴らして二つ水球を作り出した。
「ありがとう。ほらイロハちゃん顔洗いましょうねえ」
「ふぁい」
抱っこしていたイロハを下ろし、ルーキスが作り出した水球の前に立たせると、フィリスは手で水をすくってイロハの顔を撫でた。
その後、フィリスはもう一つの水球から両手で水を汲み、顔を洗う。
「冷たー。目が覚めるわ」
「冷えるもんなあ。今日は天気も良くなさそうだし。太陽が顔を出さないと、かなり冷え込みそうだ」
「雪が降ったり?」
「いやいや。流石にそれは」
ない事もないか。
と、思いながら、ルーキスは空を仰いだ。
昨日の晴天とは違い、空を灰色の雲が覆っており、山の方には黒い雲すら見える。
「降るかもな」
「目的地に行く前に寒冷期越え出来る場所を探さないといけないわね」
「そうだなあ。もらった地図で見ると、禁域指定地は随分と遠いし。俺たちの移動速度だと先に寒冷期を迎える。途中に村があったから、そこでしばらく厄介になるか。ちょっと頑張って村の先の町まで行くか」
「行けるなら町のほうが良いわよねえ」
「そうだなあ。村だと色々しがらみやら風習やら、しきたりやらありそうだもんなあ」
朝食を作りながら、今後の旅程を話す二人の横で、やっと目を覚ましたか、イロハが自分で顔を洗い始めた。
「おはようイロハ。良く眠れたか?」
「はい。眠れました」
「もうすぐ飯できるから、食い終わったら出発だ」
「了解なのです」
ルーキスの言葉通り、兎肉で作られたスープや串焼きの朝食を食べ終えると、荷物をまとめた一行は丘陵地帯を歩き始めた。
吹き荒ぶ風の冷たさに、イロハが可愛くくしゃみを
一つ。
それにつられたというわけではないのだろうが、フィリスも続けてくしゃみをした。
「寒くなってきた」
「風邪ひくなよ?」
「頑張るのです」
ルーキスの腕に自分の腕を絡め、フィリスは魔法を発動。小さな火の玉を複数作り出して三人を囲むように配置した。
随分と器用になったなあ。と、ルーキスは思いながら腕を組んでいるフィリスの横顔をチラッと見て微笑む。
「な、何よ」
「別に? 可愛いなと思ってな」
「もう。またそうやって、からかうんだから」
「からかってるわけじゃないさ。本心だよ」
そのルーキスの言葉に昂ったのか、周囲に浮かぶ火の玉の火力がフィリスの精神状態に呼応して著しく上昇する。
「暑いのです」
「る、ルーキスが馬鹿なこと言うから」
「なら、集中力不足だな」
フィリスの言葉にルーキスは意地の悪い笑顔をニヤッと浮かべた。
そんなルーキスに「もう馬鹿」と腕を引いてルーキスの体勢を崩して頭突きを見舞うフィリス。
そんな二人を見てイロハは「あ、歩きながらは、危ないのです」と、冷や汗を浮かべてアタフタしていた。




