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第102話 西へ向かって

 二百年ほど前に天寿を迎え、神の施しにより記憶を維持したまま転生した冒険者。

 ルーキスは旅先で訪れた街プエルタで前世の妻の生まれ変わり、見習い冒険者のフィリスと出会った。


 当初こそ魂のありようが前世の妻と似ていると思ったルーキスだが、確信は得られなかった。


 そんなフィリスと旅をする事になり、鬼人族の幼い少女を不正を働く冒険者、バルチャーから助けたルーキスは三人で旅を続ける。


 そして、訪れた霊峰セメンテリオの麓の街、バイスファルムにて前世で師事した吸血鬼の女王クラティアと、その夫、ミナスと偶然再会する。


 二人と協力する形で依頼を達成し、しばらく二人と過ごすうちに、ルーキスはフィリスが前世の妻であるということを、クラティアの言葉から確信することになった。


 そして、クラティアとの約束通り、次の目的地へ行くために必要な物を手に入れた三人はらしばらく滞在していた鍛治師の街、ハイスヴァルムを旅立つことになる。


 ルーキスたちが目覚めた翌朝。

 師匠夫妻と最後の朝食を楽しむと、ルーキスたちは部屋に戻って旅支度をして屋敷の正面玄関へと向かった。

 

「はあ〜。貴族みたいな生活も今日で終わりかあ」


「毎日ズタボロにされてる貴族なんか聞いたことないけどな」


「でも、楽しかったです」


「この生活を楽しめるのはフィリスとイロハの二人くらいだろうぜ」


「何? ルーキスは楽しくなかったの?」


「そんなもんオメェ。いや、楽しかったけど」


 二階の自室から出て廊下を歩き、階段を降りてエントランスに向かう間。

 それぞれ屋敷での生活の思い出を振り返っていると、差し掛かったエントランスの中央にクラティアとミナスが立っているのが見えた。


「妾を見下ろすかルーキス」


「無理言わんでください。階段を降りてる人間が階下の方を見下ろすのは仕方ないでしょう。這って降りても無理ですよ」


「ふふん。冗談じゃよ冗談」


 階段を降りてくる弟子たちを眺め、クラティアは少しばかり寂しそうに笑った。

 ミナスは露骨に寂しそうに眉をひそめ、クラティアに小突かれている。


「世話になりました。先生」


「うむ。元気でな。妾が直々に鍛えたのじゃ。つまらん所で死ぬなよ?」


「油断大敵。心得ています」


「なら良い。フィリスもイロハも元気でな。いつか我が国を訪れてくれたならその時は歓迎する」


「ティアも元気でね。また会いましょう。必ず」


「お世話になりました女王様」


 ルーキスはクラティアとミナス両名と握手を交わし、フィリスとイロハは交互にクラティアとハグをすると、次にミナスと握手を交わした。


 そして、ルーキスたちはクラティアたちの横を通り過ぎて屋敷の正面玄関に向かうと、木造の両扉を開いて外に出る。

 

「じゃあ先生。またいつか」


「死ぬ前には顔を見せるのじゃぞ?」


「百年以内には訪問しますよ」


 振り返って頭を下げ、顔を上げると手を振りながらそう言って、ルーキスは屋敷を背にして歩き出した。

 その後に続き、フィリスもイロハもクラティアとミナスに向かって手を振って、ルーキスについて行く。


 その様子を見送ると、クラティアは微笑みながら目を瞑った。

 

「さて。壊した庭を治したら僕らも帰る準備だな」


「ああ。そうじゃな」


 ルーキスたちが開けた扉を指を鳴らして魔法で閉じるミナス。

 そんなミナスに、クラティアは寄り添った。

 

 ルーキスたちは屋敷から遠ざかり、バイスファルムの街並みを眺めながら歩いていく。

 天気は快晴。

 太陽の光に空気中の魔力が反射して、時折空気中に淡い黄色の粒子がチラチラと光っている。


 とはいえ少しばかり空気は冷たい。

 近く寒冷期が訪れる気配を感じながら、それでも久方ぶりの旅の始まりにルーキスたちの心は踊っていた。


「死者の泉ってどの辺りにあるのかしら?」


「ハイスヴァルムから出て西に行った先にある薔薇の森。その中心部に王国管理の禁域指定された場所がある。って先生は言ってたけどな」


「薔薇の森。薔薇がいっぱい咲いてるんでしょうか」


「きっと綺麗な場所なんでしょうねえ」


「だと良いがな」


 レンガ造りの鍛冶屋通りを歩いていると、緑色の屋根のリスタの鍛冶屋の店先で、武器の修理と防具の新調で世話になった店主、ミリーナと遭遇した。

 どうやら売れ残っている品を店先に並べている途中のようだ。


「ミリーナさん。こんにちは」


「あら。ルーキスさん、フィリスさん、イロハさん。こんにちは。お出掛けですか?」


「いえ。今日街を発つ事にしたので、西門に行く途中でした」


「あら。街を出るのですね。そうですよね冒険者ですものね。気をつけて行ってらっしゃい。またこの街にいらして下さいね」


「ええ。また来ます。お元気で」


 挨拶もそこそこに済ませ、ルーキスたちは街を西へと歩いていく。

 そして、遂に三人はハイスヴァルムの街の西側にある門に辿り着くと、もう一度だけ振り返り、霊峰セメンテリオを眺めてから歩き出した。


「プエルタから出発して東に行って、南に下って。今度は西かあ。グルッと回ってるわね」


「とはいえ大陸の端を回ってるわけでも無いがな」


「世界は広いわねえ」


「そうだな、その広い世界を見て回るってのはワクワクするよな」


「私、ルーキスと会えて良かった」


「どうした急に」


「あなたと会わなきゃ私はまだプエルタで見習い冒険者をしていたはずだもの。それがこうしてダンジョンを攻略して、依頼を達成して、遂には伝説に出てくる吸血鬼の女王様の友達よ? 信じられる?」


「わたしも。お兄ちゃんとお姉ちゃんに助けられてから、一杯幸せをもらってるのです」


「それは俺もそうだろ。フィリスやイロハと会わなけりゃ。アテもなくフラフラしてるだけの放浪冒険者だった。恋することもなく、適当に旅した先でのたれ死んでた可能性もある。だから、二人とも、出会ってくれて、ありがとうな」


「私も。ありがとうルーキス。これからもよろしくね」


 ルーキスを真ん中にして、フィリスがルーキスと腕を組み、イロハとは手を繋いで街道を歩いていく。

 この時期にしか見られない空中を漂う魔力の粒子。

 それが風に吹かれて三人の背中を押した。


 目指すは西。

 レヴァンタール王国禁域指定地、薔薇の森にある故人と会えると言われている死者の泉だ。

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