第101話 最後の手合わせ
師匠夫妻との再会により予期せずハイスヴァルムに滞在する事になってしまったルーキスたち。
武器の修理や防具の新調、冒険者として依頼を受けつつクラティアの暇つぶしに付き合ってしばらく経った頃。
ルーキスたちが滞在している屋敷に客人が現れた。
応対したのはクラティア本人で、身なりの良い礼服の客人を応接室に案内する際に、客人は鍛練をしようとしたルーキスたちと遭遇。
客人とルーキスたちはそれぞれ頭を下げて挨拶を交わし、クラティアはルーキスたちに鍛練の中止を告げると共に応接室へ来るように伝えた。
紅い絨毯が敷かれた廊下を進み、応接室に到着するとクラティアは部屋の真ん中に置かれたソファに腰を下ろして、白髪と茶髪が混じった初老の客人を対面のソファに座るように促す。
客人である初老の男性は柔和な雰囲気だが、クラティアという上位存在に怯えているのか、微かにだが額に汗が滲んでいる。
「さて、王都から遥々良く参られたな。予想より随分と早いじゃないか」
足を組み、手を組んでおおよそ客人を迎える態度ではなかったが、クラティアはそう言ってニコッと微笑んだ。
「め、滅相もございません。クリスタロス陛下の願いとありましては王国側も全力でお応えしなければなりません、それに」
「よい。我儘を申したのはこちらじゃ。完全に私用じゃしな」
「寛大なお言葉身に余ります。こちら、許可証と徽章が刻まれたブローチになります。お越しの際には両方をお持ち下さい」
「ふむ。ルーキス、これはお主らの物だ、持っておけ」
「なんです?」
「死者の泉の使用許可証じゃ。忘れたのか?」
客人から許可証とブローチの入った宝石箱を受け取ったクラティアは、言いながら自分が座るソファの後ろに護衛のように立っているルーキスに二つを投げ渡した。
ここしばらく、何度もクラティアと手合わせをしているが、一度たりともまともに一撃与えられてはいない。
結果として、死者の泉の使用許可証、取得のためにクラティアが目標として提示した「妾を満足させてみよ」という条件を達成したとはまったく思っていなかったが、クラティアはとっくに許可証取得の為に動いていたらしい。
「いつコレを」
「お主らが来てから二日目に出掛けた時じゃ。ミナスとのデートのついでに王都まで行ってな」
「レヴァンタールの王都ってここから何日も掛かるわよ? あの日、ティアって半日で帰ってきたわよね?」
ルーキスの言葉に自慢げに答えたクラティアに、フィリスが驚いてクラティアが座るソファの背もたれを掴んだ。
そのフィリスの行動と言動にギョッとして青ざめたのは王都からの客人。使者である男性だ。
自国の民が他国の王族、それも一歩何かを間違えば容易く国を滅ぼされかねない力を持つ個人。
そんなクラティアに気安く声を掛けたフィリスや後ろに立つ事を許されているルーキスを使者の男が気にならないわけがなかった。
「あの。失礼にあたるかも知れないのですが、そちらの三名は陛下とはどういう関係で御座いましょう?」
「ん? そうじゃな。弟子であり、友じゃ。今回の件では助力もしてもらっている。妾にとっては次代のベルグリントであり、シルヴィアといったところじゃな」
その言葉にルーキスはなんとも言えない気持ちで顔をしかめて歯噛みし、フィリスは嬉しくなって笑顔を浮かべた。
伝説や御伽話に語られる吸血鬼の女王の友の名。
その友と同等だと言われたのだ。
嬉しくないはずもない。
まあ、本人が知らないだけで、フィリスはクラティアの親友だったシルヴィアの生まれ変わりなわけだが。
「我が国の民が陛下の友と、なんと嬉しい事でしょう」
「とはいえ、あまり口外はせぬようにな。こやつらの人生はこやつらの物じゃ。干渉し過ぎて狂わせてくれるなよ?」
どの口が言ってんだかなあ。とは言えず、クラティアの後ろでため息を吐くルーキス。
そんなルーキスに向かって、クラティアは手をデコピンを打つ形にすると指を弾いて熱線を弾き出す。
それをルーキスは首を傾げて避けると「おっと失礼」と呟いて姿勢を正した。
「遠路ご苦労であったな。この街の領主に話は通してある今日はそちらで休むがよい」
「お気遣いいたみいります。では、私はこれにて」
こうして用件だけ済ませると、使者の男は早々に屋敷を後にした。
それもそうだろう。
自分では手のつけられない猛獣や竜種と同じ檻に閉じ込められているようなものなのだ。
帰れるものなら帰りたくもなる。
「さて。こうして許可証も渡してやれた。そろそろ頃合いじゃ。妾たちも国に帰ろうと思っておる」
使者が帰った屋敷。
食堂でミナスが入れた紅茶を飲みながら、クラティアが言って目を瞑った。
「急ですね」
「急なものか。本来ならとっくに帰国しておるんじゃぞ?」
「お引き止めしてしまいましたか?」
「いや。妾が望んだことじゃ。じゃが、お主らもいつまでも此処に留まっているわけにもいくまい」
「寂しくなるなあ」
「ですです。女王さまとの生活、楽しかったです」
「ふふふ。そう言ってくれるのか。嬉しいじゃないか」
寂しそうに俯くフィリスとイロハの言葉に頬杖を付き、微笑むクラティア。
ルーキスもやはり師匠との別れは寂しいのか、少しばかり目頭が熱くなっていた。
「妾たちは明後日、街を発つよ」
「分かりました。では俺たちは明日街を出ます」
「うむ。それが良い」
「その前に、最後の手合わせをして頂けませんか?」
「ふん。妾が誰かからの挑戦を拒むとでも?」
「思ってませんよ」
「良し。なら早速立ち会うとしよう」
ティータイムも終了し、ルーキスたちは装備を整えると何度も使用した鍛練場へと向かった。
しかし、この日クラティアは普段のドレスに素手という出立ちではなく、ドレスアーマーを着用し、大鎌を担いで鍛練場に現れた。
その姿に、ルーキスは前世で見たドラゴンとクラティアが一対一で戦った時の姿を思い出していた。
「怪我をしても治してやる。本気で妾を殺すつもりで来い」
「言われなくても、そのつもりです」
「怪我するのはそっちかもよ?」
「が、頑張るのです」
ルーキス以外は初めて見る、クラティアが武器を手にしている姿。
それを最大の賛辞と受け取り、フィリスもイロハも恐怖するどころか、奮起して最後の手合わせに挑む。
三人ともに初手から身体強化魔法を発動。
今持っている戦力全てでもって、この世界最強の生物に、ルーキスたちは挑んだ。
ミナスが張った結界が無ければ、吹き飛んだのは鍛練場の地面だけではすまなかっただろう。
それでも、ルーキスたちは最終的にクラティアを半歩後退させ、クラティアの肩から腰に掛けての薄皮一枚をルーキスのハルバードにて切り裂くだけで手一杯だった。
「クク。ハハハハ! 妾に傷を付けたか! ミナス以外の者、いや人間に傷をつけられたのは初めてだぞルーキス! ベルグでも出来なんだことを、良くぞ成したな」
「そいつは、どうも」
しばらく戦って、ルーキスたちは疲労困憊。
いや、すでにフィリスとイロハは鍛練場の端に吹き飛ばされて目を回してしまっていた。
「誇れ。お主らなら近く、冒険者として大成しようぞ」
「ありがとうございます。でも俺は、俺たちは」
「成るつもりが無くても成るさ。力を持つ者には」
「責任が伴うってんでしょ? 聞き飽きましたよ、先生」
「そうだったな。では、幕引きだ」
クラティアの言葉にハルバードを構えるルーキス。
だが、次の瞬間にはクラティアの手がルーキスの頭を掴んでいた。
ルーキスの記憶はここまでだ。
目を覚ました時には自室の見知った天井を見上げる事になった。




