第99話 必要なのは
ルーキスが目を覚ますと自室の天井が目に映った。
どうやら運ばれてベッドに寝かされたらしいが、頭だけあげて様子を見るに、雑に魔法で運ばれたのは乱れたシーツや毛布、自分の腹を枕代わりにして眠るフィリスと、足に抱きついて眠るイロハの様子から察することができた。
装備は外してくれたらしい。
フィリスもイロハもシャツ一枚の状態である。
ルーキスは二人を起こさないように体をズラし、大きなベッドに並べて寝かせて毛布を掛けた。
外は真っ暗でいつの間にやら月が高く登っている。
テラスに出て、魔力感知を使ってみるが、師匠夫妻の魔力は一切感知出来なかった。
外出しているのかと考えてみるが、しかし、どうにも不自然に何も感知出来ない空間があるため、師匠夫妻は結界を張って外界と隔絶し、ナニやらしているらしいとルーキスは予想する。
「俺も、もう一回寝るかなあ」
師匠夫妻の夜の時間を邪魔する気はサラサラ無いし、フィリスもイロハも目覚める様子はないのでルーキスは二人が眠るベッドに寝転ぶと目を閉じた。
その翌朝。
目覚めた三人の部屋に疲労した様子のミナスが現れた。
「お疲れ様ですミナス様」
「いやあ。疲れた疲れた。じゃないや。おはよう三人とも、昨日の部屋に朝食を用意してるから食べておいてくれ。僕たちはちょっと出掛けてくるから」
「お出掛け、ですか?」
ミナスの言葉を聞き返すルーキス。
そんなルーキスの前に、ミナスの影からやたらと艶やかな顔色で機嫌良さげなクラティアが現れた。
「野暮用じゃ。昼には帰ってくるでな。鍛練の準備をして待っておれ」
「野暮用ですか。まあ、了解しました」
「うむ、ではな」
ルーキスの言葉とそのルーキスの後ろからこちらを見るフィリスに笑顔を向けると、水に沈むようにクラティアとミナスは影の中へと沈んで消えた。
その様子を見ていたイロハがベッドから駆けてきて先ほどまでミナスとクラティアが立っていた扉が無くなった部屋と廊下の境目の床を屈んで触る。
「お二人が消えたのです」
「理屈は知らんが影を伝って移動する一種の転移魔法らしいぞ?」
「便利なのです」
「使えればな」
魔法の使い方は教わっているが、どうにも発動条件があるらしく、前世においても一度も使用することが出来なかった魔法の一つに思いを馳せ、ルーキスはフィリスとイロハを連れて昨日昼食を食べた食堂へと向かった。
食堂の長机には昨日よりは控えめだが、それでも朝食にするには豪華な食事たちが並んでいる。
「ミナス様、ちゃんと寝てるのだろうか」
昨晩の結界の事や、先程のお疲れの様子を見るに、一晩中クラティアと仲良くしていたらしいというのはなんとなく想像出来たが、これらの食事はそれから用意したという事になる。
不死身の吸血鬼が過労で死んだなどという話は聞いたことが無いが、ルーキスは今日もクラティアに振り回されているのであろうミナスに憐れみの念を浮かべた。
「吸血鬼って寝るの?」
「そりゃ寝るさ。生きてるんだから」
話をしながら食事をし、ルーキスたちは用意された朝食を平らげた。
前世の老体なら胸焼けと胃もたれで苦しんだだろうが、ルーキスは「これが若さか」と満腹の腹をポンと叩いた。
「お兄ちゃんお腹大きいのです」
「ミナス様の料理が美味くて、つい食い過ぎちまった」
「分かる」
ルーキスの隣りで水を飲んでいるイロハの逆隣り、フィリスは美味な朝食に許容量を超えてしまったのか、椅子の背もたれにもたれ掛かって苦しそうにしている。
「お姉ちゃん、水飲みますか?」
「ううん。今はやめとく〜」
「食べ過ぎだな。まあ俺もかなり食ったが」
と、まあ。イロハを除き、食べ過ぎたルーキスとフィリスは屋敷の構造把握を兼ねて、腹ごなしの為に散歩をすることにした。
食堂を出て、のそのそ歩き始めるルーキスたち。
物珍しいのかイロハだけが、廊下に飾られている絵画や花瓶に向かって駆けて行った。
その様子を、ルーキスとフィリスは並んで見ながらゆっくり歩いているわけだ。
「随分と豪勢な屋敷だけど、なんだか落ち着かないなあ」
「だなあ。俺は町の宿屋くらいがちょうど良いや」
「ねえ。ルーキスは将来、どうしたいの?」
「将来どうしたい? 随分と漠然とした質問だな」
「ルーキスは世界を見るために冒険者になったんでしょ? そのあと、ルーキスが旅をやめた時は何をするのかなあって」
「さてなあ。人生は意外と早くに終わっちまうからなあ。旅しながら住みたい場所を探して、気に入った土地に家でも建てて定住するのは面白そうだし、どこか気に入った町に住み着いて生活するのも有りだと思ってる」
言いながら、ルーキスはどこかの綺麗な水辺に建てた小屋を立派にしたような一軒家で暮らしている様子や、故郷の海辺の町に帰って暮らす妄想をしたり、まだ見ぬ街で暮らす妄想をしたりする。
もちろんその妄想の中には、フィリスやイロハが含まれているわけだが、そんなルーキスの思考を読んだでも無いだろうに、フィリスは「その生活の中に私は、私たちはいる?」と、ルーキスの方をチラチラと横目に見て顔を赤くしながら言った。
その言葉は、フィリスにとっては告白に近いものだった。
この旅が終わっても一緒にいたいと、ルーキスに遠回しに言ったのだ。
そんなフィリスの心情を汲み取って、ルーキスはフィリスに顔だけ向けて優しげに微笑む。
「もちろんその生活の中には君達がいる。(たとえ君がシルヴィアの生まれ変わりじゃなかったとしても)俺には君達が、フィリスが必要だ。出来れば、死ぬまで一緒にいてほしい」
ルーキスの突然のプロポーズめいた言葉にフィリスは「ええもちろん」と答えた後に数秒ほど硬直し「ええ⁉︎」と、身を仰け反らせ、姿勢を崩して廊下の真ん中から壁際までヨロヨロ歩いていった。
「良いのか嫌なのか」
「嫌じゃ、ない。嫌じゃないけど。わ、私なんて別に可愛くないしガサツだし、料理下手だし、不器用だし」
「自分が美人だという自覚がないらしいな君は。よし、ハッキリ言ってやる。俺は外見も中身も、フィリスの全部が好きだ。だからその。俺といつまでも、一緒にいてくれ」
「本当に、私で良いの?」
「俺に必要なのは君だ。フィリスが良いんだ」
「えっと、あの。じゃあ、その。よ、よろしくお願いします」
壁に背中を預けたまま、フィリスがルーキスの告白を承諾すると、ルーキスは優しく微笑んでフィリスに手を伸ばした。
その手を取り、二人は手を繋いで絨毯が敷かれた長い廊下を歩いていく。
このままルーキスたちはしばらく屋敷を散策。
裏庭の鍛練場への行き方を調べたりしていた。




