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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かゆみの平助 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ねえねえ、こーちゃん。モデルとアイドルって何が違うと思ってる?


 ――売り出しの仕方が違うんじゃないか?


 ふーん、モデルはファッション雑誌とかをメインに見るけれど、アイドルは歌でも演技でもタレントでも、エンタメ全体で押し出している感じ、か。

 どちらの仕事にせよ、見目麗しいのは大きい武器のひとつだよねえ。同じ説教をされるなら、ブサイクよりもイケメンにされる方がいい、とは現代訳された古典か何かで目にした覚えがあるよ。

 不潔な人の正論より、清潔な人の曲論。そのために事態はどんどんねじ曲がった方へ進み、それをただすには被害を出しながらの遠回りを強いられる……。

 体の見た目を気にするのは、いまも昔も同じこと。それが急激に変化することがあったなら、こーちゃんはどう思うかな?

 僕の聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 寝ていると、体の一部が無性にかゆくなり、手でかかずにはいられない経験、こーちゃんにはないかい?

 僕はしょっちゅうある。特に足の内またのあたりかな。どうも寝ている間に、無意識で引っかいているようで、起きてみると痛みにかゆみ。見ると浅く皮がむけている上に、血さえにじんでいることさえある。

 手当をしたらしたで、ズボンやパンツがすれるたびに違和感を覚えて、どうにも妙な気持にさせられるものだ。

 意識のない間にやるせいか、加減を知らない。かといって自分の手を縛るような不快は、いざ眠ろうとしているときに感じたくはない。

 みんな往々にして、自分の癖とはうまく付き合ってかなきゃいけないもの。

 

 

 その昔にいた、平助もまたかゆみに悩まされる男だった。

 よわい十二を超えたころ、布団代わりのわら山の中で横になっていると、胸や手足にむずがゆさを覚えるようになってきた。

 わらの中に虫でもいるのかと、丹念に探ったうえで体を入れてもダメ。寝る前に湿らせた手拭いで全身をよく拭いてもダメ。

 毎日ではないものの、来るときは体中の場所を問わずに、耐え難い強さでにじみ出る。

 平助としては親に余計な迷惑をかけたくない、自分が我慢すればいいと、このことは誰にも話さないまま、月日が過ぎていったそうな。

 しかし、異状は平助を放っておいてはくれない。

 

 まず、彼が感じたのは己の胸の鼓動。安静にしているときでも落ち着かず、大きくなった弾みはひと打ちごとに、胸の肉も骨もまきこんで、皮膚を盛り上げんとするかのよう。

 そうかと思えば、新たに日をまたいでみると、手を当てねばわからぬほどに鼓動は弱まってしまうんだ。そのようなときは気のせいか、ときおりめまいすら感じる、おぼつかなさだったとか。

 ついで手足に関しても妙だ。一日にして毛の生えと抜け落ちが激しい。

 抜け落ちに関しては百歩譲って、かいているうちにこそぎ落としてしまった可能性もなくはない。

 だが、逆に毛が生えてくるのは、さすがに理解不能の域。かくどころか、いかなるあんまの達人だったとしても、一晩にして毛を何本も生やすなどできはしないはずだ。

 一夜にして剛毛に覆われたと思しき朝には、平助もおののきつつ、小刀でもって毛をそり落としていっていく。毛抜きでちまちま抜いていくなど、まどろっこしくていけなかった。


 やがて、平助は起きているときでも手足をかくようになっていたそうだ。やはり本人が気にしないまま。

 人にいわれて、その部位へ目を落として、はじめて自分の手の動きに気づくというさま。

 直後は意識して動きを抑えるも、少しよそへ気が向いたなら、手がもろもろの場所へ伸びて行ってしまう。

 見とがめる人もじょじょに増え、さすがの平助も「動くな、動くな」と人目のないところだと、空いた手で勝手を働いたほうの腕を叩いてやることさえあったらしい。

 僕たちがヘマをした体の部位を、つい打ち据えてしまいたくなる心地と同じだった。



 そうこうしているうちに、奇妙な事件が起こる。

 時季は刈り入れ仕事の終わったのち、戦のはじまりの報せがあって、男の一部が戦場へ駆り出されていた。

 その直後から、平助の身のかゆみは右足へ集中するようになる。今回のそれは強烈で、たとえ起きていながらも、じっとしていることを許さないほど。

 かくまいとすれば足踏みをしてしまい、それでも足りなくてつい手を伸ばすことは、すでに起きてから今まで、数限りない。

 平助もまったくかかずにいるのは、あまりにしんどい。いちどに三度までかき、その後は少なくとも百数えるまで待つこと。

 固く心に決めてのち、やがて昼が過ぎ、陽が西へ傾き出した。

 その途中、ふっとかゆみが止まり、いぶかしんだときがある平助。

 ちょうど家の手伝いもひと段落した頃合いだったので、手近な石へ腰かけて、右足にかぶさるあわせの裾をめくりあげてみて、思わず目を見張った。

 

 足の太さが、左と明らかに異なっている。

 いま右におさまっている足は、平助の左の倍はあろうかという筋肉質なもの。見るからに歩行をはじめとする運動の均衡を崩しそうだが、平助自身はまったく違和感を覚えずにいる。動かすことにも支障なし。

 かといって、はたから見た気味悪さは想像にかたくなく、平助はひとまず隠し通さねばと、あわせの裾へより気を配るようになったんだ。


 しかし、陽が暮れるころにそっと裾をめくったときには、もう右足は左足と大差ない太さへ戻っていたらしい。

 太くなってからもかゆみは絶えなかったが、その間にも何度か足の様子をうかがい、変化がないことを確かめている。

 その最後の確認から、さほど間をおいていないのだから、やせてしまったのは道理が通らない。それを言い出すと急激な太りだって、たいがいにおかしいのだけど。


 それから数日が経ち。戦場から男たちが戻ってくるが、そのうちの一人が右足に大けがを負っていた。

 戦場で相手の槍に払われ、あわや足の付け根から断ち切られるかといったところだったとか。

 それが確かめてみると、先刻までの男の両足とは明らかに均衡が取れない。斬られかけた右足は倍近くまで太くなっていた。それが先までの太さなら切断もあり得たところを、踏みとどまることができたんだ。

 そればかりでなく、出血もそこまでひどくなかった。太もものあたりとなれば、そこからのみの失血でも死へ至るおそれも大きい急所。それが思いのほか少ないもので済んでいた。

 おかげでやや遅くなった処置でも、一命をとりとめることができたのだという。

 

 

 話を聞き、平助は「もしや」と思う。

 自分の足の変化は、このときの彼を救うためにもたらされたのではないかと。

 自分の肥大した足が、かの有事にあたり、瞬時に彼の持つものと入れ替わった。そうとしか、この急激な変化は説明できなかったからだ。

 周囲の者にそう訴えても、にわかには信じてもらえなかったが、平助の心の中ではかゆみに関する不信感は、だいぶ薄れていたらしい。

 自分が全身に感じるかゆみは、そこを失うかもしれない誰かのために、入れ替わる準備を整えているあかし。ならばかえって、喜ばしいことではないかと。

 平助は生涯、このかゆみを抱き続けたというが、これによって助かった者がいたかどうかを判断できることは、かの戦のときをのぞけばほとんどなかったという。

 


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