鳥さん! 鳥さん!
さて、“食卓”ネタの別ヴァージョンです。こんどはスコップ猫と、生徒の悪ガキ子猫軍団がメインです。さて、どれだけ悪ガキかは、その目で確かめてください。
広い野原、優しい風が撫でる一面の草萌え、陽光は穏やかに彼らを照らしている。どこのいずことも言えない見知らぬ世界、彼らはそこに居た。
「みなさん、言われたものは用意してきましたか?」
「はぁ~い」
優しくも凛とした声がたたみかける様に発せられ、たくさんのか弱く可愛らしい声たちがそれに応じる。掲げ上げられるのは思い思いの『穴掘り道具』
薄緑の柔らかい天然の絨毯の上、十二匹余りの仔猫たちは、それら抱えながら足をペタンと投げ出して一心に彼を見つめていた。
その瞳たちに大人の雄の黒猫が答えている、真摯な強い強い視線で。白い手足のそ彼の目には愛嬌があった。
「せんせー、それで今日は何をするのぉ?」
先生は一振りのスコップを持っていた。黒錆に鉄の部分が鈍く光り、柄は茶に煤けている。
「別の世界に行ける『扉』を使ってのお出かけです」
ざわめきが、小石が投げられた水面の波紋の様に、ゆっくりと広がって行く。だが所詮はお子様、驚きがよろこびへとすぐに変化してしまう。
「わーい、おでかけぇ!」
「ぼく、うみ〜」
「じゃぼく、お山ぁ!」
『お出かけ』と言う言葉だけが一人歩きしていた。
いつもながらのお気楽な頭に、黒猫は少し困った様にため息を漏らした。
「おでかけ、おでかけ! 遠足みたいだ〜」
「違いますよ、扉のお勉強のためのお出かけですっ」
無駄だと知りつつも黒猫は念を押した。無邪気の化身の仔猫らには聞こえているのか、どうなのか……
「みなさーん、出掛ける前に一つ注意です。扉をみんな一緒に抜けれるとは限りません。遅れたりはぐれたりするかもしれません。ですから扉の向こうではむやみに動かないで絶対に待っていてください。いいですね!」
先生が強い語調で告げたその言葉に、仔猫たちは一瞬黙ってしまった。先生が軽く手を叩くと、
「はぁーーい」
はしゃぐのをすっかりやめて、みんな揃って返事を返す。丸い愛らしい瞳は、彼らの素直さの証だった。
「さぁ、それでは行きますよ!!」
青い空と暖かい陽光の下、彼は教え子の仔猫たちに告げ、手にしたスコップを地面に思いきり強く突き立てた。
激しい光がほとばしる。
その中に彼らの姿は消えて行った。
★ (ΦωΦ) ★
広い野原、優しい風が撫でる一面の草萌え、陽光は穏やかに彼らを照らしている。そこに仔猫たちは寝転がっていた。小さな耳を軽く振るわせ、ゆっくりと立ち上がり思い思いに毛繕いを始めた。ひとしきり気が落ち着いたのだろう。仔猫たちは、目の前に広がるその光景に目を瞬かせた。
「うわぁーーっ!」
「どこだろう? ここ!」
「広い広い! 大きい大きい!!」
「うん、すごいすごーい!!」
「見て見て!! 地面にたくさん模様が書いてある!」
彼らはあたりかまわず走り出す。その手に抱えた大きな道具をしっかりと握り締めたまま、やがて彼らは黒く突き固められた奇妙な道へと踊り出た。
頭上を大きな鳥の様なものが舞っている。
「ねぇねぇ! あれなんだろうねー!」
「そうだね! すっごい大きい鳥さんだねぇ!」
「えー、でもあの鳥、羽ばたきしていないよ?」
「どこ行くんだろーねー?」
否定の言葉は無い。一目散に彼らが言う所の『鳥』を追いはじめた。
「すごいすごい!」
「うわー、あんなにはやーい!」
「追いつけなーい!」
「鳥さんすごーい!」
ジャンボジェットと呼ばれるその鳥は、やがて空の遥か彼方へ一筋の雲を残して、消えて行く。
「すごかったねー」
「うん、とーっても大きかったね!」
彼らが立つその奇妙な黒い道は唐突に途切れていた。道の上には白い線と大きな数字が印されていた。その向こうにはまた新たな巨大な白い鳥。それが身じろぎもせずに、ゆっくりと仔猫らの居る方へと歩き出してくる。
「うわーーっ!!」
「近くで見たいね!」
「鳥さん、乗せてくれないかな?」
わーーい! ……と仔猫たちは叫ぶと一目散に走り始めた。道具を抱えてても猫は猫。走るとなるとそれなりに速かった。
瞬く間にその広大な敷地を走りきる。汗をかき、息せき切って、仔猫たちは走る。でも『驚き』のはそれだけでは足りない。いろんな物をもっと見てみたい。
「わぁ、大きなテーブルだぁ!」
走りきったその先に見えたのは、丸いテーブルのような大きな建物、その周囲にはあの巨大な鳥たちが輪を描いて並んでいる。
「鳥さんたちご飯食べてるみたーい」
一人の猫が言ったその言葉に、他の仔猫らも一斉に首肯いた。ビー玉の様な丸い瞳がさらに丸くなった。
「ここ、きっと鳥さんたちがご飯をたべるところなんだよきっと」
一人がそう言えば、皆が感心したように声をあげる。
それは飛行機と呼ばれる鳥の大群だった。見た事も無い巨大な鳥だった。そんな色とりどりの綺麗な鳥。
それが、食卓を囲むように輪を描いて並んでいた。
ふと虫が鳴いた。お腹の虫が……、誰の物ともなくその情けない音は、ことさらに空腹を感じさせてくれた。
「ごはんたべたいねー」
「ご飯食べてる鳥さんたち見てたらお腹すいちゃった」
「たべよっかー」
「うん、食べよ」
「でも、ぼくたちご飯もってきて無いよ」
「えーっ?」
一瞬、彼らの思考が停止した 耳を振り振り周囲を見回す。シッポの先が不安げに左右に揺れ動く。
右に左に、動いて動いて、見回して、彼らは自分たちの現状にやっと気付いたらしい。
「あ、せんせー……」
「せんせーがいなーい」
シッポが落ちる、地面に横たわる。先っぽも根元も、地面の水平さに従ったまま、痙攣一つ起こらない。惚けて周囲を見わたしたあすと、ヒゲも動かさずに彼らは互いを見つめあった。
「ごはん……」
「せんせー……」
小さな両手が一斉に動いた。両手の小さな肉球を叩いて、頭の上にランプを灯らせる。
「探そう!」
ちいちゃい脳味噌に閃いた考えそのままにみんな一斉に走りだした。
「せんせー! クロネコせんせー!」
「ごはーん! 鳥さんとごはーん!」
鳥が叫んでいる。地面を揺るがして走り去り、舞い上がっていく。仔猫たちはその鳥の足元を手にした『穴掘り道具』を引きずりながら、鳥さんの食卓……いわゆる『エアポート』へとその小さな破壊者たちは向かった。
……そして、エアポートの中はパニくっていた。
「いえ、ですからネコがツルハシ振り回してて! え? 寝呆けるな? 寝呆けてこんな事言うわけないでしょう! 仔猫の一団が食料の強奪をしてるんですよ!」
ユニフォームのエプロンを身につけた女性が叫んでいる。エアポート内の雑貨店、コンビニ代わりに雑誌やら飲み物やら食い物やら、いろいろと置いてある場所だ。
「ほら今も……あ! こらぁ!!」
十二匹の内の一匹、純白の仔猫が小さなスコップを振り上げる。お姉さんの叫びなど、始めから無いかのように、仔猫はお気楽に小さなスコップをショーウィンドウにガラスに突き立てた。
ガラスの一点が光る。そして、先生黒猫がかつてやって見せた様に、そこに一つの『扉』の穴が開いた。
「こら君!!」
白の仔猫は小首を傾げて見上げる。
「ダメじゃないの、ドロボーなんてしちゃ!」
仔猫はさらに首を傾げて考え込んだ。
「ドロボーってなーに?」
「お金を払わないで人の物を勝手に持って行くこと!」
大声を上げて注意すれば、仔猫はそれを無視する様にショーウィンドウの中に手を突っ込み始めた。
許すまじ、切れかかっていた彼女は遠慮無く仔猫に飛びかかろうとする。だが、つるはし担いだ別の仔猫が、そのお姉さん顔に強烈な一撃を食らわす。
大きなヘラ竿のホームランスイング。もともと低めだったお姉さんの鼻がまたさらに低くなる。そのスキに周囲に待機していた他の仔猫らも集まってくる。あとは家捜しのし放題だ。
館内電話の受話器の向こうで、男の声が叫んでいた。
「えーとぅ、誰もいませーん」
モジャモジャ毛の仔猫が受話器をとると、電話の向こうにそう告げた。何やらさらに叫んでいるが、そんなの関係無かった。
仔猫たちは欲しい物をすっかり手に入れ、安心したのか、両手一杯に食べ物を抱えて、また走り出した。
「どこで食べようかぁ?」
「んーと、高いところ!!」
みんな一斉にそう叫んだ。腐っても猫は猫、高い所に上るのは宿命だ。そして彼らは向かう。あの『鳥』さんたちの『食卓』へ。
歓び勇んで階段を上がれば、そこに待っていたのは怖いオジさんたち。その右手に何か光る棒の様な物を握っている。それをふりかざして、その叔父さんたちは、一斉に仔猫たちに襲いかかった。
その時、茶のぶちの仔猫が大きなクワを震った。狙ったのは階段の途中、そこに目掛けて力一杯にクワを振り下ろす。
警備員のおじさんたちが階段を降りてくれば、すでにその階段の途中は全く姿を消している。
また仔猫たちは小さな肉球を叩き合って、気の抜けた拍手をした。その拍手に招かれる様に、おじさんたちは落ちて行く。
「わぁ!! すごーい!」
「これでもう大ジョーブ!!」
仔猫たちは両手一杯に食料を抱えていた。戦利品のそれらを胸に意気揚揚と階段を屋上へと上がって行く。
落された扉の穴の中からようやくに男が這い上がって見れば、そこに広がる光景に他だ黙って、目を見開くしかなかった。
空港の中は穴だらけ。イビツな穴。大きい穴。小さい穴。深い穴……床、壁、柱、ありとあらゆる所は穴だらけだった。
「『扉』のべんきょう終わりー!!」
「おわった、おわった!」
「わーーーーーーい!」
「ごはーーん!」
絶望的なまでに底抜けに明るい声で、仔猫たちの歓声が聞こえた。男の頬を絶望の涙が走った。
そして、仔猫たちは元気だった。
声高らかにはしゃぎながら、丸テーブルの様なそのビルの屋上へと踊り出た。階段を上り詰めた向こうに、とてつもなく広い食卓が仔猫たちを待っていた。
「わぁぁぁぁーーい!!」
一目散に仔猫たちは駆け抜ける、広く丸い屋上を。
「ごはーーーー」
そうそろって叫んだときだった。
「ん」
仔猫らの姿が消える。全くの唐突に、垂直にどこかに落ちるかの様に。いや、事実彼らは落ちたのだ。物陰から姿を表したその物の手によって。
「まったく、ほっとくとロクな事にならない……」
眉間に皺を寄せて立っていたのは、スコップを担いだあの先生黒猫だった。
「ほんのわずかな時間差で『扉』を開いて落とし穴にする……扉の転移魔法の応用ですよ」
開いた扉の巨大な穴の中を見下ろして彼は言った。
「あっちに帰ったらおもいきりお説教ですねぇ。何しろこれですから……」
背後に荒涼たる光景となった空港が広がっていた
先生黒猫は、このまま帰るべきか、それとも弁償すべきか、過酷な究極の選択に頭を悩るしか無かった。
この光景をあの女子高生が見たらこう言うだろう。
「因果応報よ!」




