98:胸騒ぎがいたしますわ ――セルロッティ視点――
ここから三話はそれぞれ別人物視点の話になります。
「セルロッティ姉様、ごきげんよう」
「あら、レーナ殿下ではありませんの。ごきげんよう。お久しぶりですわね」
アタクシの名はセルロッティ・タレンティド。
スピダパム王国の筆頭公爵家であるタレンティド家の長女で、頭脳明晰でありながら絶世の美女と呼ばれていますの。この国、いいえ、この世界で一番幸福な女。それがアタクシですわ。
そんなアタクシの元に突然のお客様がやって来ました。
誰かと思えばそれは、エムリオの妹君のレーナ王女殿下でしたわ。
彼女とアタクシは仲が良く、まるで本物の姉妹のようだと言われることさえあるくらいですの。当然ですわね、何せレーナ殿下とは彼女が零歳、アタクシが五歳の頃からの知り合いですもの。
実質、本当の家族よりずっと親しくさせていただいております。
そんな彼女は数年前までよくアタクシの屋敷に来てくださっていたのですけれど、近年はアタクシもレーナ殿下も多忙で顔を合わせる機会がございませんでしたの。
ですから久々にレーナ殿下がいらっしゃったということは、何か大事な用事があるに違いありませんわ。
「レーナ殿下、本日はどのようなご用件ですの?」
侍女にお茶を用意させ、公爵家の庭のテーブルにて向かい合ったアタクシは、単刀直入にそう問いかけました。
アタクシ、無駄に時間をかけるのは嫌いですのよ。
レーナ殿下は「よくぞ聞いてくれたわ!」となぜか自慢げに胸を張り、それからおっしゃいましたわ。
「以前の儀式で『裸の聖女』が現れたことは覚えているわよね?」
「ええ、もちろんですわ。……あの裸女が聖女とはとても思えませんけれど」
アタクシは思い出し、少々苦い顔になりました。
『召喚の儀』によって呼び出された黒髪黒目の聖女――もとい、幼いくせに男好きのする体をした、人前で衣装を身につけることすら知らない愚かな女。
確かサオトメ・ヒジリだったかしら。きゃんきゃんうるさくて、とにかく不快だったのを覚えておりますわ。
「それでその裸女が何か問題を引き起こしましたのね?」
「いえ、まだ起こしたわけではないのだけれど……少し、懸念があるのよ」
侍女などに聞かれないように声を潜め、アタクシに耳打ちするようにするレーナ殿下。
そしてその次の言葉にアタクシは思わずしばらく言葉を失うことになりましたわ。
「兄様がたぶらかされるかも知れないわ」
「…………」
レーナ殿下の言う兄様。つまりエムリオのことですわ。
エムリオが、あの裸女にたぶらかされる? そんなはず。
「わたくしだって考えたくないわ。でも聖女はの聖魔法は特別で、聖女の傍にいる人間は心が惑わされてしまうらしいのよ。実際わたくしも、最初は反感を持っていたのだけれどいつの間にか『裸の聖女』に絆されてしまったわ。
そんな人間が学園に入る。その意味、もちろんセルロッティ姉様ならおわかりになるでしょう」
学園にはたくさんの貴族子女、そして王族が在籍しています。
正直他の者がどうなろうとアタクシは構いやしません。けれど、エムリオだけは。
「エムリオだけは奪わせるわけにはいきませんわ」
「もちろんこれはあくまで懸念の話よ。短慮な行動はいけないわ、姉様」
「わかっておりますわ。でも、もし仮に裸女がエムリオに言い寄るようなことがあれば」
――その時はきっと、アタクシはアタクシを抑えられなくなってしまいますわ。
アタクシの内心がわかったのか、レーナ殿下が不安げな顔で見上げてきます。
「大丈夫ですわよ」と笑みを浮かべては見せましたが、胸は不穏な予感にざわめいておりました。
それから数日後、もうじき夏季休暇が明けるため、アタクシはタレンティド公爵家を後にします。
一刻も早くエムリオに会って安心したい、その一心でしたわ。
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