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96:御者さんとのお別れ

「今日はありがとう。助かったよ」

「こちらこそ、なんだか色々とありがとうございました」


 料理屋を出た頃にはすっかり日暮れ間近。

 エムリオ様は騎士団に海獣オクトルゴンや小型魔物のことを報告しなければいけないからと言って途中で別れ、私は一人で宿に帰ることになりました。


 そんな私は今、少しだけ浮かれています。

 なぜってようやく、本当の本当にようやく、この世界の通貨を手に入れたからです。

 それもきちんとした聖女の報酬として。袋の中にぎっしりと詰め込まれた金銀銅の硬貨に思わず目を輝かせてしまいます。


 ビューマン伯爵の時とは違ってきっちり仕事に対しての報酬だからこそ嬉しいのです。

 これで、もしまた暴漢に襲われるようなことがあったとしても金貨袋を振り回して撃退できますね……などとやや物騒なことを考えているうちに、無事に宿に帰り着いてしまいました。

 何か特別な事件がなくて残念だなんて思っていませんからね、絶対。


「やっと帰って来たか。遅かったなぁ」


「御者さん、ただいまです。魔物との激闘を繰り広げたせいで遅くなりました」


「どうせそんなことだろうと思ってたから驚きもせんべ。今日は疲れたろう、とっとと休みな」


 御者さんのお言葉に甘えて、まだ明るい時間ですが今日は眠ってしまうことにしましょうか。

 そう思って宿の自室へ向かおうとすると途中で引き止められてしまいました。


「そうだべ。一つ話さにゃならんことがあったべ」


「……どうしたんです?」


「いや。明日の早朝にこの街を発つから、最後の挨拶回りくらいはしといた方がいいんじゃねえのかと思ってな」


「明日の……早朝!?」


 その時やっと、やっと思い出しました。

 そうでした。もうすぐ夏季休暇が終わり、王立学園が始まってしまうのでした。

 馬車での移動が丸一日かかることを考えると、明日の朝早くではないと間に合いません。元々そういう予定だったのに、あまりの忙しさにすっかり忘れていましたよ。


「大変、今からもう一度行ってきます!」


 本当なら疲れ切って今すぐでも眠ってしまいたい体に鞭打ち、再び外へ。

 この街の守り神みたいな存在になりつつある私が無言で行ってしまっては皆さん心配することは間違いありません。大捜索が行われることのないよう、早くこのことを知らせないと……!




 ……そして翌朝の未明、オセアンの街では大パレードが開かれました。

 まるで戦争に英雄を送り出す時のような激励を受けながら、街を後にします。首だけで背後を振り返ると街の全員ではないかと思うくらいの人数が私に手を振っていました。


 知らせない方が良かったかも知れません。

 まさか「聖女様が街をお出になるぞ!」と噂がすぐに広まり、こんなパレードが行われることになろうとは夢にも思っていなかったのです。

 これじゃあ最後の最後まで街を騒がす厄介者じゃないですか……。もちろんこの見送りが皆さんの感謝の気持ちだとは思うのですが、私としては申し訳ない気持ちでいっぱいになるばかりなのでした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 まあそんな一幕がありつつも、馬車旅は順調で快適でした。

 そしてあっという間に一日が過ぎて、馬車は王立学園の前でゆっくりと停車します。


「そら、着いたぞ。おらはこれ以上近づけねぇからここでお別れだ。嬢ちゃん、降りてくれねえべか」


「え、御者さん、私の護衛じゃないんですか」


 てっきり護衛として付いて来てくれると思い込んでいた私は、突然のお別れに驚いてしまいました。


「そりゃそうだ。おらはあくまでここまで送り届ける仕事だったからな。もう二度と嬢ちゃんに会うこともないと思うべ」


「そうなんですね……」


 この先もずっと一緒にいられると勝手に思い込んでいたので、軽くショックでした。

 実はお互いの名前すら知らないような関係性――御者さんが一向に名乗ってくれなかったので――ではあるのですが、それでも数日を共に過ごした人です。それがこんなあっさりとお別れになり、しかも二度と会えないなんて。

 ……でもまあ、人生そんなものですよね。


「わかり、ました。

 御者さんにはたくさんたくさんご迷惑をかけてしまい謝っても謝り切れない思いです。それでも私の面倒を見続けてくれて感謝しかありません」


 ですから私は、スッパリと別れを告げることにしたのです。

 本当を言ってしまえば本当の本当に王立学園で一人きりになる可能性が出て来たので怖くてたまらないのですが、そんな内心は見せません。

 だってこれでも私は聖女なのですから。


「あぁ、こっちこそ聖女様の護衛なんて名誉ある仕事をさせてもらえてありがたかったべ。まあ振り回されっぱなしだったけども楽しかったしな」


「私もです」



 なんとも呆気ない別れ。

 でも、これでいいのです。

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