93:異世界の海は碧かった
ボロボロ、ボロボロと海獣が崩れ出します。
腹部から穴が広がり、全身に亀裂が入って、まるで霧のようにシルエットが薄れていき……十秒後には跡形もなく消え去っていました。
それを見上げていた私は、ただただ唖然となるしかありませんでした。
「どうやら勝ったようだ。一瞬、呑み込まれた時はヒヤヒヤしたけどね」
「……なんで当たり前みたいに生きてるんですか。異常ですよね」
「オクトルゴンの牙から逃げて、高速で腹の中に滑り込んで内側から破って外に出たんだ。ただそれだけのことだよ」
これ以上話しても、きっと私がエムリオ様のことを理解するのは不可能でしょう。
それを早々に悟った私は、つい先ほどまで海獣が暴れ回っていた海を眺めました。
「海、碧いですね」
「ああ。やっぱりあれはオクトルゴンの仕業だったようだね。おそらくあれの禍々しい力に染められて赤くなっていたんだろう」
「オクトルゴン、伝説上の魔物だったんでしょう」
「ずっとそう思っていたがどうやら実在したようだね。世の中、まだまだ知らないことばかりさ。『厄災』に引きずられて数百年の眠りから覚めたのか何かはわからないけど、これからは色々と警戒した方が良さそうだ」
「その度に私が巻き込まれそうで嫌なんですが、多分不可抗力なんでしょうね。はぁ……」
この先のことを考えて思わず肩を落とし、砂浜にうずくまる私。
しかしエムリオ様はろくにこちらを気遣うこともなく、こんな呑気なことを言い出したのです。
「ねえヒジリ。海で泳がないかい?」
「どうしてこの流れでそうなるんです」
「ほら、赤く濁っていたのが嘘のように、青空を映して碧く輝く海。綺麗だろう? ボクはキミと泳ぎたいんだ」
「…………」
確かに私ビキニですし、泳ぐには適した格好なのかも知れませんけど。
でもこれはあまりにも強引じゃないでしょうか。デートではないと言われて油断した私が馬鹿でした。
疲れてるのになぁ……でも言われてみれば、異世界の海はどこまでも碧く美しく、私の心を惹きつけます。
結局、私は簡単に折れました。
「ちょっとだけですよ。私、あまり泳ぐの得意じゃありませんし」
「そうなのかい? じゃあボクが背中に乗せて泳いであげるよ」
「やめてください、沈みます。たとえチートで沈まないとしてもイケメンと肌を密着させたら精神的にやばいのでお断りしますよ。……というか、私はビキニだからいいですけどエムリオ様はどんな格好で泳ぐつもりなんですか?」
「裸だけど?」
「はだっ……。いいです、勝手にしてくださいもう!」
そんなわけで私たちは海に入ることになったのです。
付き合ってもいない男女が二人きり……私の貞操は大丈夫でしょうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな風に甘く考えていた私ですが、実際は水泳デートというより魔物退治でした。
魔物は倒されたはずですって? ええ、オクトルゴンは倒しましたとも。しかしその魔の力に引き寄せられたとかいう連中がうじゃうじゃいたのです。
「ああもう、溺れるっ、死ぬっ!」
幸いなことに聖魔法でやっつけられますが、泳ぎながらそれをするのは至難の業。エムリオ様がいなければ絶対溺れ死んでいました。というか実際三回くらい溺れかけました。
魔物はピラニアみたいな奴らで、鋭い歯でこちらをガブガブして来ようとするので怖いです。剣は水中では使えないので私だけが頼りという感じでした。
「頑張れヒジリ! ボクがついているから!」
「別にエムリオ様が応援してくれていても元気百倍とかにはなりませんからね! きゃあっ、ピラニアもどき来るな――!」
「何を言ってるかよくわからないけど、はしゃいでくれてるようで何より。異世界の海はお気に召したかな?」
「はしゃいでませんし最悪ですよ!」
わけのわからないやり取りをしつつ、着実に魔物駆除をしていきます。
そしてそれがすっかり終わる頃には日が暮れていたのでした。
綺麗な海を堪能する暇、ゼロです。
それでも真っ裸のエムリオ様は楽しそうにしてましたけど……私は帰りたいとしか思えません。
私も彼のように細かいことを気にせず笑っていられる人間になりたいものですよ、本当に。
そんな私の心情など知らず、海は夕日を反射して美しく煌めいていました。
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