92:海の魔物退治②
――海獣オクトルゴン。
この世界では幻獣とされ、子供向けの寝物語の中の存在である。
海から顔を覗かせる黒い人型の化け物で、その姿はこの世のどの生物とも似ても似つかない。
オクトルゴンに目をつけられた者は絶対に逃げられないとまで言われており、海で暴れて人々を困らせていたところを、聖剣を持った英雄が倒して封印したんだとか。
そして今でも海の底深くで眠り続けている……。
戦いながらエムリオ様が話してくれた海獣オクトルゴンに関する話はそれが全てでした。
この海坊主みたいなのが本当にその伝説の魔物だとするならば、今の状況はかなりやばいのではないでしょうか。というより、どうしてそんな生物が蘇っているんですか。
「もしかしてこれが噂の『厄災』……?」
「多分それはないと思う。予言が示す『厄災』はまだ今年じゃないんだ。でも間違いなく関係はあるだろうね。『厄災』の前兆として最近魔物が増えているから、これもその一つだろう」
「つまりおとぎ話はただのおとぎ話じゃなかったということですね……」
伝説のままでいてほしかったです。本当に。なんで私の前にばかり危険な奴が現れるんでしょうか。魔物が復活するのがせめて今じゃなければ私が遭遇しなくて済んだのに。
とことん私は運が悪いです。きっと前世に何か悪いことでもしてしまったのでしょうね。知りませんけど。
などと私が考えている間にも、エムリオ様はオクトルゴンとの凄まじい戦いを繰り広げ続けています。
オクトルゴンの腕は剣によって両方とも切り落とされ、霧となってかき消えていました。しかし今度は口から毒の霧を吐いたり目からビームを出したりとなんでもありの攻撃を始めてしまったのです。
常人であれば一瞬で死んでしまうような猛攻撃ばかり。しかし幸いなことにエムリオ様は全く常人ではありませんでした。
まず、全ての攻撃を避け、かつ何があっても私を背に庇うことを忘れません。
それどころか逆に剣を投げ、オクトルゴンの片目を貫してしまうほど。剣って斬りかかるものだと思ってましたけど、達人になるとブーメランみたいに投げるのですね……。しかもちゃっかり手元に戻って来ていますし。
まあきっと身体能力が尋常じゃないエムリオ様だからこそできる技でしょうけどね。
どうでもいいことですが先ほどからずっと気になっていることがあるんです。
それはエムリオ様の脅威の身体能力について。魔法を掛けてもらったとか言っていましたけど、ニニに聞いた魔法属性の中にそんなのはなかったと思うのです。
いや、でもよく考えてみればアルデートさんの召喚魔法も特別でしたよね。じゃあ同じように例外はたくさんあるのかも知れません。世の中例外なことだらけですし……。
閑話休題、魔物との戦闘に戻ります。
「大きいくせに動きが速いんだな。これは久々に本気を出す必要があるかも知れない」
そんなことを言いながらもオクトルゴンに一歩も引けを取らない戦いを続けているエムリオ様。
戦闘が始まってからどれくらい時間が経ったのかよくわかりません。一瞬のような気がしていましたがエムリオ様がそう言うからにはおそらくそれなりに時間が経っていたのだと思います。
ぶん、と人間業と思えない速度で剣を振り回したエムリオ様は、勢いよく魔物に飛び掛かっていきました。
素人の私が見ても全力だとわかる攻撃です。いよいよこれで決着が着くかと思われたのですが――。
「――っ!?」
「危ない!\
なんとオクトルゴンがこちら側へグッと身を乗り出して来たのです。
そしてちょうど跳躍しようとしていたエムリオ様を口の中に迎え入れ、パクリと飲み込んでしまいました。
先ほど毒霧を吐き出す時に見たのですが、オクトルゴンの口は牙だらけです。
その牙の餌食にされたらひとたまりもないでしょう。
……これ、普通に考えて絶体絶命ですよね?
そんな風に思っていた時期が私にもありました。
そう、エムリオ様が海獣のお腹を破って中から勢いよく飛び出して来るまでは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結論。エムリオ様は超チートでした。私なんかとは比べ物にならない化け物だったのです。
頼れないなんて思って本当にごめんなさい。私の出番は一切ありませんでしたよ……。
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