91:海の魔物退治①
――突然ですが今、私たちは大ピンチです。
やって来ました魔物回。
剣もある、魔法もある、魔物もいる……。そうなれば当然いつか自分だってこういう目に遭うのではと考えていました。二次元だったらハラハラドキドキかも知れませんが、三次元だとたまったものではありませんよ……。
押し寄せて来た大波に呑まれ、しばらく凄まじい汚臭の中で何度か気を失いそうになりながら、エムリオ様に助け出されたところまでは良かったのです。
いや、全然良くないですけど。まあ、その後に起こることを考えればまだ良かったと言うべきでしょう。
やっと大波から逃れて浜辺に上がれたと思った矢先、こちらを見下ろす大怪物とばっちり目が合ってしまいました。
真っ黒な姿の巨大な化け物は、妖怪の海坊主に似ていました。もちろん実際には見たことがないのではっきりしたことは言えませんが、人の頭部がにょっきりと海から突き出ているような感じ。
不気味です。とんでもなく不気味で恐ろし過ぎるその光景に、私の足はガクガクと震えて立てなくなってしまいました。
この時、逃げるなり何なりしておけば良かったのでしょうけど、恐怖に震える私にもちろんそんな余裕はなく、海坊主(仮)の次なる攻撃を受けてしまうことになったのです。
海坊主(仮)はどこからともなくにょろりと腕を突き出し、私に掴みかかって来ました。
まるで、追い詰められたネズミが人間に摘み上げられた時のように、抵抗する術もなく私の体は宙に浮き上がります。海坊主(仮)の感触はヌメヌメしていてとにかく気持ち悪く、背筋が凍りつくのを感じました。
「ひ、ひぃっ……!」
情けない悲鳴を上げてジタバタする私。咄嗟に聖魔法を放とうとしますが、念じた瞬間にまたもや跳ね返されてしまい、まるで効きません。
ここで私はやっと理解しました。あの海を赤く染め上げていた原因はやはり自然現象などではなく、この怪物の仕業だったのだと――。
海坊主(仮)のギロリとした金色の瞳が私を見下ろしています。
明らかに私を喰らうつもりなのが見え見えです。抜け出す方法を必死で考えましたが聖魔法が効かないとなると私には何も手段がありませんでした。
このまま、わけもわからず食われてしまうのかと思われましたが、そうはなりませんでした。
「女性に暴力を振るうのはいけないな。まあキミは怪物だから習わなかったんだろうけどね。……安心して、今からボクが教えてあげるから」
私の体を掴んでいる海坊主(仮)の手の上にいつの間にか現れていた人物――エムリオ様が、サッと剣を抜きながらそんなことを言っていたのです。
そしてその言葉を言い終える前に彼は深々と怪物に剣を突き立てていて、同時に私を怪物から救い出していました。
この出来事はわずか五秒にも満たない時間で行われたことでした。
「えっ、エムリオ様、なんでここまで?」
私、怪物に摘み上げられて上空十メートル以上の宙空にいるはずなんですけど。
首を傾げる私にエムリオ様はなんでもないことのように、「跳んだんだよ」と答えました。
「いや、ちょっと待ってください……跳んだってどういうことですか!?」
「そのままの意味だよ。ボクはちょっとした事情で身体強化魔法を掛けられていてね。自慢じゃないけどそのおかげで軽く跳んだだけで雲の高さまでいけようになっているんだ」
「めちゃくちゃチートじゃないですか!!!」
普段はあまりツッコまない私でも勢いよくツッコんでしまうくらい、エムリオ様はチートでした。王子様だから剣の腕以外も何かあるんじゃないかと思ってましたけど、まさかここまでとは。
「ということはエムリオ様、拳の一振りで海坊主(仮)くらい倒せてしまうのでは……?」
「ウミボウズ? ああ、海獣オクトルゴンのことか。
確かに無理をすればもしかすると倒せるかも知れない。でもボクはあまり拳を振るうのは好きじゃないんだ。ボクなんかの弱っちい拳じゃ勝てないと知っているんでね」
それはつまりエムリオ様より強い人がうじゃうじゃいるってことですよね。
何それ異世界怖い。貴族も怖けりゃチートも怖い、今更言うのもなんですが異世界ろくなものじゃなさ過ぎやしませんかね。
でも今は、言ったってどうせ意味がないのですし異世界の理不尽さについてこれ以上追及するのはやめておきましょう。
右腕を失ったらしい海坊主(仮)を倒さなくてはいけないのですから。
「とか言ってる間に次の攻撃来ちゃいますよ! どうするんです?!」
「大丈夫。ボクに任せて。ヒジリは応援してくれればいいよ。キミのことはボクが命に代えても守るからさ」
「守ってくださるのはありがたいですけど別に命に代えなくても大丈夫ですから! 応援の方はしてもいいですけど……。ってかヒーローっぽいセリフ吐いてる暇があったら戦ってください――っ!」
私の絶叫と共に、海坊主(仮)改め海獣オクトルゴンの振り下ろされた左腕とエムリオ様の剣が激しくぶつかり合ったのでした。
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