87:異世界の海は血の色をしている
結果から言えば、これはデートではありませんでした。
まあそりゃそうですよね。王子様が私程度の人間を特別視しないであろうことくらい予想していましたよ? ショックとかは少しもありませんからね? むしろ安心したくらいですし。
「でも、デートじゃないとなるとこのお出かけの意味がさっぱりわからないのですが」
「ああ、キミを連れて来た理由が聞きたいのか」
エムリオ様は「言い忘れていたね」と言ってから、前方――到着した港の方向を指差しました。
「言うより見た方が早い。ほら、あれだよ」
彼の指差す先を見て、私は息を呑みました。
そこにあったのは、船着場。たくさんの漁船が並ぶいかにも港という感じの光景です。
しかしそこに異常な点が一つ。
それは――海の色でした。
「なんですか、あれ」
真っ赤。
まるで血の池地獄かと思うような鮮やかな赤に染まっていたのです。
立ち尽くし、思わず絶句してしまう私。
しかししばらく考えて……そこまでおかしなことではないのだと気づきました。
ここは異世界。食べ物や動物、髪や目の色までカラフルなくらいなのです。
そんな場所でいちいち海の色が赤いからと言って驚く必要はないですよね。空が青いので不自然ではありますが、別の要素が絡んでくれば赤に見えることもあるかも知れませんし。
「でも赤色の海……絶対に泳ぎたくないですね……」
そんな風に思い、これからはこの世界でお魚を食べるのもやめた方がいいかと真剣に悩み始めた私でしたが、どうやらその考えはてんで間違っていたようです。
エムリオ様が説明してくれました。
「キミの世界がどうだかは知らないけど、元々はそうではないよ。これは異常な現象なんだ」
「えっ? じゃあどうして」
「最近このオセアン周辺で海が不自然な赤に変化し、その地帯に限り魚類などが生息できなくなるという現象が起きているらしいんだ。実際に今、オセアンでは漁ができていない。代わりに別の領地からできるだけ新鮮な状態で魚を取り寄せて、市場をやりくりしているそうだよ」
近場の海の魚、全滅って……。
漁業に全く詳しくない私が考えてもそれってかなりの被害ですよね。そんな大問題が起きていたなんて、この街に数日間滞在していながらちっとも気づきませんでしたよ。
「実はここ一ヶ月ほど、ボクはこの異常現象を調査するためにかけずり回っていたんだけど……昨日、たまたまキミについての話を聞いて、力を借りたいと思ったんだ」
「私についての話って……もしかして、聖女がらみの噂とかですか?」
「そう。病人を多数治癒・浄化したと聞いて、それならこの海も同じようにできるんじゃないかってね」
ああ……。それなら納得です。
が、また力を使わされるんですか。いえ、文句を言ったらダメなんでしょうけど……回復しきっていないのに消耗はきついです。
物語の中ではキラキラとした存在として描かれることの多い聖女ですが、その実かなりブラックな仕事なのだということを、改めて思い知らされます。
「やってくれるかい?」
本当は嫌ですけど、ここまで連れて来られた以上は首を横に振ったらダメなのでしょう。
「はい」
浄化するくらいなら多分大丈夫なはず。
この時はそんな甘いことを考えていました。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!




