86:もしかしてデート?
「心配しないでも周囲の視線は気にしなくて大丈夫だよ。僕にはほら、認識阻害の仮面があるからさ」
「あ、あぁ……。確かにそうでしたね。忘れてました」
「これさえつけていればキミと並んでいたって誰もボクのことは気にも止めない。だから変な噂をばら撒かれることはないよ」
エムリオ様が例の赤黒い仮面をつけながら、私を安心させようとしてなのか子供を宥めるような声で言いました。
むぅ……。なんだか釈然としません。身長は一メートル近く違うとはいえ、同い歳のはずなのに子供扱いされているなんて。
ですがまあ、不服を口にするのはやめておきましょう。大事なことはもっと他にありますから。
「それにしてもエムリオ様はどうして私をわざわざ呼びに来たのでしょう?」
私は誰にも聞こえないように口の中だけで呟きました。
しばらく考えて、考えに考えて出た答えは一つだけ。
元より答えはわかっていたのですが答えを認めるに認められず、しかしどれだけ考えてもこの結論にしか辿り着けなかったのです。
――やはりこれ、紛れもなくデートですよね。
ということは、エムリオ様に『そういう目』で見られているということで。
私、そんなに美人じゃありませんし、性格的にも特筆すべき点はない平々凡々な女だと思うんですけど……さすがにこれほど全身を丸出しだったら女性的魅力を感じられても仕方ないのかも知れません。
ですが、先ほども懸念していた通り、一度そういう仲になったら後戻りできなくなるのはわかりきったこと。
早いこと断らないと、万が一ややこしいことになって帰れない事態に陥りでもすれば困りますよね……。
などと考え込んでいるうちに、気づけば私たちは市場の傍までやって来ていました。
市場は数日前に来た時と全く変わりない賑やかさです。エムリオ様と一緒に市場を通り抜けようとしていると、私の前にたくさんの人が。
「聖女様、また来てくれたんですね!」
「聖女様がいらしただって!?」「聖女様をおもてなししなくちゃ」
「俺の店に来てくれ」「お願いします」「聖女様万歳!」
ワイワイガヤガヤ、好き放題に言いながら私の前に立ち塞がる彼らは、皆見覚えのない顔。
あまりに大勢すぎていちいち覚えていませんが、おそらくは以前に市場へ来た時に一度は会ったことがあるのでしょう。
「歓迎ありがとうございます。でも今、私ちょっと忙しいので」
住民たちに紛れてエムリオ様からそっと離れる手も考えましたが、それはやめておくことにします。
逃げるのではなく、無難な形でデートを断った方がいいでしょうから。
残念そうにしつつも、文句は言わずに引き下がって行く彼らは、誰もエムリオ様については言及しませんでした。
こんなに目立つ容姿をしているのに……。認識阻害の仮面、すごいです。
「……って、感心してる場合じゃないですよね」
近くにエムリオ様の体温を感じながら、私は非常にドキドキしていました。
別にその、愛だの恋だのそういう感情が芽生えたわけではありませんよ? ただ、どうやって断り文句を言い出そうか、また言いくるめられたらどうしようかと不安だっただけです。エムリオ様を好きとかそういうのは一切ありませんからね。
でも悩んでいるうちにデート場所の港まで着いてしまうかも知れません。ここは意を決して言うしかありませんでした。
「え、エムリオ様……その」
「どうしたんだい? 焦らなくても港はもうすぐそこだよ」
「あの、そうじゃないんです。なぜこうして一緒に港に行こうと私を誘ってくださったのかなって、ずっとそれが気になってて……。も、もしかして、もしかしないでもこれ、デートのつもりだったりします?!」
モジモジし、思わず声が裏返ってしまう私。
エムリオ様は仮面から覗くエメラルドの瞳で数秒私をじっと見つめると……一言。
「『でーと』が何かは知らないけど、恥じらうヒジリは可愛いね」
顔が急速に熱っぽく、そして火が吹き出そうになるほど赤くなるのを感じました。
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