85:エムリオ様からのお誘い
このオセアンの街へ来て、あまりに色々なことがあり過ぎた気がします。
異世界観光に夏祭り、それからビューマン伯爵からの呼び出しまで……。たった十日間の間にどれだけ詰め込むんですか、と言いたくなるほど。
ビューマン伯爵領から帰った私は決意しました。王立学園に向かうその日まで、今度こそ宿でグータラするのだと……!
御者さんには「できるとは思えねえ」と言われましたが、多分大丈夫です。
大丈夫、ですよね?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やあヒジリ。数日ぶりだね」
――大丈夫じゃありませんでした。
なんなんですか、一体。どうしてゆっくり休ませてくれないのですか。
喉元まで込み上げる文句をグッと堪えるのに必死でした。さすがに命の恩人でもある人にあからさまに嫌な顔をするのもあれですからね。
目の前にいるのは、赤髪にエメラルド色の瞳の美青年。
改めて見るとまるで二次元のイケメンキャラが三次元化したような印象を受けます。イケメン好きの女子ならもれなくキャアキャア言うのは間違いなしですね……などと現実逃避の思考はさておき。
エムリオ様がなぜか宿までやって来ました。
ベッドでゴロゴロしていた私は、例によって御者さんに起こされ、寝癖のついた髪をなおすこともできないまま慌てて降りて来たわけです。……来るなら事前に一言でも欲しいですよ、まったく。
「ボクが来るの、迷惑だったかな?」
「い、いえっ。そんなわけないじゃないですか。あはは……」
内心バレバレですね。私、元々顔に感情がすぐ出る方なので、隠し通せないのは最初からわかっていましたけど。
それを誤魔化すように私は言いました。
「それでですが、エムリオ様、どうしてここまで?」
「キミのことが心配だったんだよ。――あと、ちょっとついて来てほしい場所があってね」
「えっ」
私は多分、いえ絶対に「面倒臭い」という顔をしてしまっていたと思います。
しかしそれに気づいているのかいないのか、エムリオ様は平気な様子で続けました。
「オセアンの港に行ったことがあるかい?」
「ないですね。本当は行こうかとも思っていたんですけど、もろもろで行けなくなってしまって……」
「ならちょうどいい。連れて行ってあげるよ」
「えっと、今からですか? 明日じゃダメ……ですよね」
「うん。突然のことで非常に申し訳ないんだけど」
王子様には逆らえない。わかっていましたが、王子様スマイルをされるとそれだけで反論できなくなってしまうんですよね。
私に頷く以外の選択肢は残されていませんでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いや、護衛がいないのはおかしいですよね!? ちゃんとついて来てくださいよ!!!」
「大声上げねえでくれねえか。護衛なら王太子様が騎士の資格持っとるから大丈夫だべ。たっぷり遊んで来な」
「それでも私の護衛ですか!」
「おらは田舎モンの御者だぞ。そんなんより何倍も王太子様の方が頼れるだろうに」
「そ、それはそうかもしれませんけど……。でもその、勘違いとかされちゃったら困りますし!?」
言いながら、私はハッと気づきました。
エムリオ様と――男とたった二人きりで出かけるという意味に。
「いやいやいや、そんなことを言ったらデパートの時も宿の時だって一緒だったじゃないですか……。何を今更」
しかし、あの時は全く知らない土地であったから良かっただけであって、この街ではすでに聖女として私の姿は知れ渡っているはず。
そんなのがこの国の王子様であるエムリオ様と並んで歩いていたら、どんな風に言われるかわかりません。
一度恋人同士だと思われてしまえばかなり厄介なことになりかねません。
だって私は聖女。アルデートさんとお話しした時にも言われた通り、身分的には王子様とだって釣り合ってしまうわけですから。
「もしも無理矢理婚談とかいう話になったら……それこそ二度と帰れなくなるのでは!?」
「そんなことはないよ、ヒジリは心配性だなぁ」
「うぎゃっ!」
先ほどまで御者さんと二人だけだったはずなのに、突然声がして、振り返るとそこには先に外で待っていたはずのエムリオ様の姿が。
いつの間に私の背後に回って来てさりげなく話しかけて来ているんですか! やっぱりこの人、ストーカーの素質があります。間違いない。
「全部聞かれてました?」
訊いてみると、当然のように肯定の返事がありました。しかも最初から聞いていたのだそうです。「やっぱりヒジリのことが気になって」とのこと。
恥ずかしいやら気まずいやらで穴があったら入りたいです。最悪ですよ、もう……。
と、いうわけで――どういう意味での『というわけ』なのかは自分でもよくわかりませんが――御者さんは宿に残り、私はエムリオ様とお出かけすることになったのでした。
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