80:恐ろしい貴族社会の話
貴族学園、右も左もわからない上に頼れる人がいないだなんて……ろくなことにならない予感しかしません。
そう思ってため息を吐く私を見ながら、何がおかしいのかクスクスと笑うアルデートさんはなんて意地悪なのでしょう。この人、どうにも好きになれそうにないです。
私がキッと睨み返せば、彼はわざとらしく「怖い怖い」と肩をすくめてから言います。
「この世界に来たばかりの君には厳しいかも知れないが、それが現実ってもんだ。
そうだ、どうせ暇だし貴族のくだらないしきたりの話でも教えようか。ここで生き抜くには必須の知識だ」
「……貴族のくだらないしきたり、ですか」
聖女という特別な身分でさえ王子様と話せないような国なのです、多分かなり厳格なのでしょう。
――しきたりとか上下関係とか、面倒臭いことはいらないんですけど……。
そう思いながらも必須の知識と言われたからには聞き逃すわけにもいかず、私はアルデートさんにお話をお願いしました。
「聞かせてください」
「なら、基本的なルールから。
貴族の位は公、侯、伯、子、男の五つがあるが、下の位の貴族は自分より上位の者に決して話しかけてはならないという規則がある。もし破れば無礼討ち、つまり殺されても文句は言えない。
だがまあ、学生時代は交流関係を築く期間であるからそこまで厳しくはないし、それより何より君は聖女様だ。特例として公爵と同等くらいの身分ではあると考えられるから、誰と言葉を交わしても公的には問題ないだろうが……君を疎む者も多くいるだろう」
「嫉妬、ですか」
現代日本で例えるなら、突然やって来た転校生が生徒会長になって偉ぶるだとか、新入社員が急に上司になってポストを奪う……みたいな感じなんでしょうか。
そりゃあ確かに嫌がったり妬む人はいるかも知れませんよね。
「さすがに殺傷沙汰にはならないと思いたいが、どうなるかわからない。実際、伯爵家程度の力があれば君一人消すことは可能だろう」
「……消すって、物騒な。つ、つまり、アルデートさんもその気になれば私を亡き者にできるってことですか?」
「リスクは高いが、可能不可能の話で言えば可能だな」
その言葉を聞いて、私は思わず「ひぃっ!」と悲鳴を上げずにはいられませんでした。
だって、目の前の人に消される可能性があると言われたんですよ? 腰が抜けて脱尿しかけるくらいには震えましたよ。
「まあ、俺の家は君に危害を加えるつもりはさらさらないだろうが」
「そ、そうだといいですね……。あはは」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほんと貴族社会は面倒臭いぞ。男も相当だが、女の社交はとてつもなく厳しいと聞くぞ。茶会は戦場だなんて言葉もあるくらいだからな。そこでハブられた奴は社会的に死ぬ」
「へぇ……。そんなシビアな世界なんですね。ハブられる未来しか見えないのが悲しんですけど。
でも、いくらなんでもさすがに殺し合いとかはないですよね?」
社会的に死ぬのも相当アレですけど、せめて身体的な死の危機はない……と思いたいです。
しかし当然のようにそんなわけはありませんでした。
「少なくとも最近ではあまり物騒なことは起こっていない。だが数十年前までは貴族の中で暗殺合戦や、夜会や茶会などの場での殺傷事件も後を絶たなかったとかなんとか」
「ひえぇぇぇっ! それ、めちゃくちゃ怖いじゃないですか! なんですかその血みどろのパーティーは!?」
私、そんなおぞましい世界に放り込まれていただなんて思いもしませんでした。
今までレーナ様やニニ、エムリオ様が優しくしてくださっていたので勘違いしていましたが、ここを生き抜くには命がいくつあっても足りないようです。
――貴族社会、恐るべし。
私は心からそう思ったのでした。
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